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その日のお昼のこと。
デザイン事務室のテーブルにて、テレビの情報番組を眺めながら、皆それぞれが準備して来たお昼ご飯を頂いていた。
先週に発売された新作のカップラーメンを啜っていたN女史が、不意に「あ!」と小さく叫んだ。
テレビの画面に映し出されていたのは、半年ほど前に恵比寿駅のエキナカに開店したチョコレート店だった。
そのお店は、パリで新進気鋭と言われるスイーツブランドが出店したものであり、最近では季節毎の限定フィナンシェが大きな評判を呼んでいた。
テレビにて紹介されていたのは、そのお店の春限定のフィナンシェであり、朝10時と夕方6時との二回に分けて店頭で販売されるものの、その人気は非常に高く、朝も夕も、即座に売り切れとなってしまうとのことだった。
N女史は呟いた。
「これ、美味しそうだよね。」と。
お昼の出来事を思い出した私は、N女史が、これから恵比寿駅のそのエキナカのお店に行くのだろうと思った。
今、このデザイン事務所を出れば、夕方6時の限定フィナンシャの販売には間に合うのだろう。
そして、私も俄然、その限定フィナンシェが欲しくなってしまった。
いいタイミングで仕事を終えられたという満足感、そしてこれから週末という開放感とが、私にそんな気持ちを抱かせたのだろう。
私はN女史へと告げた。
「先生、私もご一緒していいですか?」と。
N女史は微笑みながら頷き、そして言った。
「ええ、もちろん。夕飯前にちょうど良いし。」
『夕飯前』という言葉がやや引っかかったものの、限定フィナンシャへの期待が心の中で急激に膨らみつつある私は、その意味を深く考えることは無かった。
事務所の施錠を他のアシスタントの方に頼み、N女史と私は、いそいそと事務所を後にした。
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