『夕飯前』

6/6

9人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
一足先にラーメンを食べ終えたN女史は、私が食べ終えるのを店の前で待っていてくれた。 来た道を戻るN女史と私。 麺少なめにしてもらったとは言え、私にとってその量は随分と多かった。 その味わいも濃厚の一言に尽きるものであり、もう、色んな意味でお腹一杯だった。 『夕飯前』などではない。 相当にボリューミーな『夕飯』そのものだ。 明日の朝食すら、もう食べなくてもいいくらいだ。 来る時に左折した交差点へと差し掛かった。 私が来た道を戻ろうとしたら、N女史はそのまま北の方に行くと言う。 これからどちらに行かれるんですか?と尋ねる私。 N女史は答える。 「これから中目黒に向かって、そして、味噌ラーメンを頂こうと思うんです。」 N女史が告げたのは、その店舗で仕込む味噌で作ったラーメンが非常な評判を呼んでいる名店の名だった。N女史は続ける。 「それが今日の1回目の夕飯ですね。さっきの一杯はボリュームも程々で、夕飯前のウォーミングアップに丁度良かったです。開店である6時に間に合って本当に良かった。」 それじゃ、と告げたN女史は、中目黒方面に歩み去って行った。 恵比寿駅から歩いて来た時と何ら変わることの無い、軽やかで弾むような足取りで。 私はそんなN女史の後ろ姿を呆然と見遣る。 あのボリューミーで濃厚な味わいのラーメンが『夕飯前』とは。 あぁ、恵比寿駅のエキナカのお店で販売されている春限定の限定フィナンシェは、きっと売り切れていることだろう。 嘆息を吐く私。 微風が吹き抜ける。 やや冷たさを孕んだ風だ。 所謂「花冷え」の風だろう。 先程頂いたラーメンの熱が急に冷まされた思いを抱いた私は、小さくクシャミをする。 そして、恵比寿駅へと歩みを進める。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加