2、奏月のモノローグ

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2、奏月のモノローグ

「では、お休みなさいませ。お坊ちゃん」  バタンと木のドアが閉まる。それと同時に俺は息を長く吐き出し、近くのベッドに倒れ込んだ。白い天井をぼーっと眺めつつ自分の体重をベッドに預けると、今までの疲れがドッと出てくる。  本当になにがなんだか。まさかの――。 「許嫁じゃないのかよ……!」  いや、別にがっかりしたわけじゃない。断じてそうではないが、今まで思い込んできたことが誤認であったことを知り、軽い衝撃を受けているだけだ。本当に軽い衝撃――。 「うわっ」  ドスンッという大きな音を立て、体を床に打ち付けた。どうやら知らず知らずの内にベッドの端からずり落ちていたらしい。背中をさすりながら顔をしかめつつも上体を起こす。  よし、一回落ち着こう。整理しよう。  若菜は俺の『影』、秘書兼警護役。しかし、学校では教師や清掃員に扮しているボディーガードがいるので、仕事のほとんどは秘書業務に偏っている。防衛術を学んだとはいえ女子である若菜では、俺を一日中守りきれないと奏月家が考えたためだ。  幼い頃からずっと一緒。今はクラスが離れているが、一日に数度仕事の関係で必ず顔を合わせる。メイドや執事からは、「いつも仲が良くてお似合いのお二人ですね」とからかわれ、父親からだって、「お前たちは一生、いかなる運命も共にするのだ。協力しなさい」とケンカをした時に幾度も忠告を受けた。だから、今回のような勘違いができ上がってしまったのだ。 「恥ずかしすぎる……。消えたい」  俺はクッションに顔をうずめためた。何が『若菜は……俺の許嫁なんだよね?』だ。若菜からしたら、なんて自意識過剰でトンチンカンなやつだと思っただろう。明日から、「奏月様って哀れですね」と蔑まれ見下されるかもしれない。 「いや、あいつはそんなことしないか」  記憶の中の若菜はいつも仕事熱心だ。ふわふわした性格ではあるが、やることはきっちりとこなす。全て俺優先だ。運動も勉強も俺の方ができると自負しているが、それでも若菜がいなくなっては困る。次期当主の仕事量は並ではない。  そこまで考えて、ふとある違和感を覚えた。頭の中に出てくる若菜の姿が、なぜか全て『仕事をしている最中の姿』であるということだ。教室でスマホを使って報告書を書く姿、毎朝の健康観察をしに来る姿、任務で一緒に出かけたときの資料を読み込む姿……。  あれ。  もしかして、俺、若菜の仕事以外の姿をほぼ知らないんじゃないか。  思い出せば、幼い頃だって若菜は仕事をしていた。遊ぶのはいつも違う友達で、あいつはずっと側に立って微笑むばかりだった。そもそも働きすぎだ。家にいる時だって俺の仕事を肩代わりしてくれている。 「もっと感謝して、負担を軽くしないとな……」  俺はそうつぶやいてから、床から立ち上がった。奏月俊は思い立ったら即行動が売りだ。机の上に置いてあった携帯を取り、番号を打ちこんで耳に当てる。 「……久しぶり。ちょっと頼みがあるんだけど――」
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