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コツコツと音がした。
青年が一人、薄暗い螺旋階段を上り続けている、その足音だ。
青年の持つ弱々しい明かりが金属製の鎧に反射してあたりをわずかに照らしている。
足音の隙間で微かに誰かが歌っているのが聞こえていた。
一心に階段を上っていた青年は、やがて最上部へとたどり着く。
扉の隙間からわずかに光が漏れていた。
ほんの数秒、呼吸を整えると彼は扉を開け放った。
暗闇に慣れた瞳にはいささか強い光が襲い、幾度かの瞬きの後、青年の目に飛び込んできたのは窓とそのそばに立つ一人の女だった。
窓の外には鈍色の空が見え、そして女は。
闇の底をさらったかのような黒く長い髪と瞳、青白い顔色、喪服のような黒いドレスを身に纏い、女は微笑んで告げる。
「お待ちしておりました、騎士様」
青年は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「私がこれから何をするかわかって言っているのか?」
ええ、と女は頷く。
「わたくしを殺しに来てくださったのでしょう?」
ゆらりと女の右手が持ち上がり、青年が腰に下げた剣を指さす。青年が教会から授かった聖剣を。
「その聖なる剣で、わたくしを貫いて、殺してくださるのでしょう?
そうしてお国は救われる。そうでしょう?」
陶然とした様子で女は言葉を紡ぐ。
「なぜ……! なぜ歌う、なぜ呪う、魔女よ! なぜ!」
大人しく殺されるつもりの女に青年は苦しげに問うた。
青年はずっと、塔の魔女はこの国を憎み、呪っているのだと聞かされていた。
塔の魔女は邪悪で、それ故に呪いをまき散らすのだと。
それだというのに、目の前の女は喜んで青年に殺されようとしている。
その差があまりにも大きくて、青年はこの行いが正しいのかわからなくなってしまった。
「それはわたくしが呪いの詰まった容れ物だからです」
女は静かに微笑みました。
「騎士様、もしわたくしに同情してくださるなら、少し話を聞いてくださいませんか」
そう前置きして女は語り始めた。
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