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眩しいものを見るように女は真っ直ぐ青年を見ていた。
在りし日に見た空の青さや小麦畑を青年の瞳や髪を見て思い出していたのかもしれない。
やがて何かを諦めたかのように女はため息をつくと首を横に振って言葉を続けた。
「けれど、呪いを押さえ込むのも、もう限界です。
わたくしの中で増え続けた呪いは今にもわたくしを食い破ろうとしている。
多少なりと漏らさなければ苦しくて苦しくて……。
だから歌ってしまいました。歌にのせて呪いを吐き出してしまった。
申し訳ありません。本当は少しだって漏らしたくはなかったのです」
だからどうか、と女は言う。一刻も早くわたくしを殺してくださいと女は言う。
「その剣でこの呪いを浄化してくださいませ」
青年は何かを言いかけて、けれどそれを飲み込むと、黙って剣を抜きはなった。
聖なる剣は青年に応えてか白銀に煌めいた。
彼が剣の刃を寝かせて構えると、女は笑った。
その笑みを見て青年は寸の間目を伏せたが、すぐに覚悟を決めて剣を女の心臓目がけ突き出した。
剣はいともたやすく女の薄い体を貫く。
「ああ、これで……」
女は穏やかな笑みを浮かべた。
「ありがとう、ございます…………愚かな騎士よ!」
笑みは歪み、女は嘲笑するように嗤う。
「な……!?」
驚きで言葉を失う青年を置き去りに、事態は進行する。
見る間に剣からは白銀の輝きは失せ、曇り、じわじわと黒ずんでいったかと思うとついには砕け散った。
「たかが聖別された剣ごときで我らの呪いを浄化しようなど、愚かなこと!
お前がやったのはぱんぱんに膨らんだ袋に穴を開けるのと同じ。どうなるかはわかりきったこと」
女が倒れると、傷口からどろりとした黒い何かがにじみ出て、見る間にそれは水が噴き出すかのように勢いよく溢れ出した。
青年からは見えなかったが、黒い何かは屋根をすり抜け、空高く吹き上がったかと思うと国のあちこちを呪うべく散っていった。
部屋の中には女の哄笑が響く。
「お前が! お前が国を滅ぼすのだ、愚かな騎士!」
呪いが抜けきった女は枯れたように痩せ衰え、老婆のように皺だらけで黒かった髪も瞳も色を失いぼんやりとした灰色になっていた。
そしてあっという間に指先から砂と化していく。
女は最期まで嗤っていた。
残されたのは大量の砂と女が身に纏っていた黒いドレス、そして呆然とする青年一人。
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