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樹里が知らない振りを続けていると、母はどうしてか泣き出した。
――樹里ちゃん、どうして自分のお姉ちゃんを愛せないの。
どうして、人を愛せないの。
「……意味がわからない」
二十六歳の樹里は呟いた。十四歳のときも同じことを思った。昔から、母の言うことはよくわからなかった。子どもの頃は、虫や動物を殺しちゃいけないとか友だちのものを盗んだらいけないとか、そういうことをしつこく言われたけれど、なんでいけないのかよくわからなかった。
人が見ていないところでは、何をしても自由だ。父はそう言っていた。樹里もそう思う。人目のあるところならわかるが、誰も見ていないときまでどうして自分を規制しないといけないのか。
樹里は母とはわかりあえなかったが、父は好きだった。父は樹里の願いならなんでも聞いてくれる。美容整形の手術を受けたいと言ったら簡単に許してくれた。邪魔なのは母だけだ。
――ママは樹里ちゃんの生まれたままのその顔を愛してる。どうしてわかってくれないの。
樹里が母を殺したいと思ったのは、その言葉を聞いた瞬間かもしれない。
ベッドの上の携帯電話を手に取り、画面を見つめた。やはり彼からの返事はない。
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