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電話してみようか。樹里は携帯電話だけ持って病室を出ようとして、慌てて引き返した。チェストの中から、いつも使っているトートバッグを取り出す。高級ブランドの製品で、けっこうな値段がした。樹里の小遣いでもさすがに買えなくて、父が亡くなったときの生命保険料でようやく買えたくらいだ。今はたとえ片時でも、これを手放すことはできない。
トートバッグを胸に抱えるようにして、病室を出たときだった。
「こんばんは」
息を呑んだ。見知らぬ男が二人、そこにいた。その中で一番体格のいい男が、樹里の目の前まで来る。
「水内樹里さんですね」
「ええ……そうですが」
男は川谷と名乗った。旭が殺された件で水内家を捜査している警察官の一人だ。電話で一度話したことがある。樹里の部屋も調べたいといって連絡してきたのだ。
「ああ……あなたが川谷さんですか。どうでした? 凶器は見つかりましたか?」
「いいえ、残念ながら」
内心ほくそ笑みたい気分だった。そうでしょう。見つかるはずなんてないのよ。
「……ですが」川谷は言った。
「遠山君から、『まだ調べていないところがひとつある』と言われましてね。なるほどと思ったんです」
「まだ調べてない場所って?」
川谷は微笑んだ。強面だが、笑うと意外に目元が甘くなる。けっこう好みのタイプかもしれない。
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