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そんな私に、更に落ち込む事態が訪れた。
「ばぁあ!!」
「キャーっ!」
今日もいつも通り、お化け屋敷で驚かせる仕事をする。
いくら気分が滅入っていても、仕事は仕事。自分の感情で業務に支障を出してはいけない。
「し、心臓が止まるかと思った……」
お客さんの女の子はとても驚いている。よし、今回も大成功だ。
私が小さくガッツポーズをすると、女の子の後ろから「大丈夫?」と声がした。
「もう、はりきって一人でどんどん進んだりするから」
「だって~」
どうやら後から歩いて来たのは女の子の彼氏らしい。
カップルのやり取りに微笑ましくなる。
しかし、私の笑顔は彼の顔を見たとたん崩れ去った。
彼女と話している恋人は、私の好きな男の子だった。
男の子に彼女ができていた。
ショックで呆然としている私に、彼がいつものように笑顔を向ける。
「この子は悪いおばけじゃないよ」
「そうなの?」
「小さい時に助けてくれたんだ。さすがに、今はもう違うキャストさんかもしれないけれど」
それを聞いて私ははっとなった。
彼は今でもあの時のことを忘れずに覚えていてくれたのか。
「なんだ、彼女いたんだ。ショック~」
ろくろさんがいつの間にか一人になった私の隣で不満を言っていた。
「あんたもさ、引きずるなんてナンセンスなことやめなよ。次いこ、次」
「……」
彼女ができた寂しさ悲しさもあった。
でも、彼の記憶の中にまだ私は存在している。そうわかっただけで私の胸は切なさと嬉しさでいっぱいになった。
「覚えていてくれてありがとう」
咄嗟に出た言葉はそれだけだった。
今までの男の子との思い出を振り返る。
出会いから今日までを思い出しても悲しい気持ちにならない。
感謝という温かい気持ちしか溢れかえってこなかった。
これは失恋なのかもしれない。
でも。
こんなに温かくて清々しい気持ちで終わる恋なら、恋して良かったって思えるんだ。
「さぁ、次のお客さん驚かせるぞー!」
私が声を張ると、ろくろさんは「切り替え早いわね!」と自分を棚において唖然としていた。
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