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私、選ばれたの。
嬉しそうにそう言っていた姉は次に見た時は青白い肌の水死体だった。その次には村中の人間から蹴られ踏まれ、皮膚がずる剥けて出血しボロボロになっていった。
警察がこれ以上は死体損壊で全員逮捕するぞと怒鳴ればその場はなんとか収まった。しかしボロボロになった姉は元には戻らない。明るくきれいだった姉は、死んだあとは見たこともないくらいとてもひどい状態になっていた。
「こんな村にいられるかと泣きながら怒鳴る父と母に、お前らこそどう責任とるつもりなんだとよくわからないことを言う人たちを見て、ああこいつらの頭終わってるなと思いましたよあの時は」
「それはまたなんて言っていいやら。村にとってはすごく大事なことでも客観的に聞くとねえ」
「連帯責任でみんな死ねって言ったらさすがにみんな引きましたね」
「うん、僕も今引いたよ」
どうみても薫は今十四~十五歳、という事は当時七歳ほどか。幼稚園が終わってピカピカの一年生がそんなことをいったら誰だって驚く、というより怯えるだろう。しかも連帯責任とか子供の使う言葉ではない。
「あそこです、件の神社」
薫が指させば小さな村には似つかわしくないとても立派な神社があった。大きく「下茂神社」と書いてある。敷地も随分広そうだ。
山とまでは言わないが小高い場所にあるので階段があり登っていくようになっている。お年寄りが多そうな村なので行くのは少し骨が折れそうだ、傾斜はそこまでではないが段数はそこそこ多い。
「その後は引っ越したんであまり詳しいことは知らないですけど、どうもその翌年から死人が出ているようです。姉の翌年は当時コドコをやった人、その翌年は神社の関係者、その次からはお年寄りとか子供とか様々らしいですけど、みんな姉を罵倒した人たちとかで姉が呪ってるんだって、どこかでうちの電話番号調べて抗議の電話がきたくらいです」
「はあ。そこまで自己中だとむしろすごいなあ」
「知ってるのはこれくらいです。感想は?」
ちらりと五十嵐を見れば、彼はうーんと少し悩んでから首をかしげる。
「大方は僕が調べた通りの事だよ。ただそこまで村の人たちが宗教的な考えが強いのは知らなかったな。なんていうか、大事な部分が曖昧だよね。そもそも何でお姉さんは亡くなったのか。ここは調べても出てこなかったんだ。事件なのか事故なのかそれがわからない」
「その辺は足を滑らせた事故ってことで片付いてます」
「神事の時に池に行くの?」
「さあ? 詳細は当人たちと神社関係者しか知らないので。ただ神事で池に行くのなら、探しに行くとき真っ先にそこに行くんじゃないですか」
「あ、そっか」
本当は神事で池に行く用事などない。薫は以前姉から聞いていてそれを知っていたが教えはしなかった。相手は新聞記者だ、面白おかしく記事にして好き勝手伝えるに決まっている。
「こうやって見るとほんとに立派だ」
五十嵐が見上げる先には小高い場所に位置する鳥居だ。階段を上がっていった先に本殿がある。しかし薫はそちらには向かわず神社の入り口を通り過ぎた。
「あれ、ここじゃないの? 来たかった場所って」
「違いますよ、別に用事ないです。そもそもそっち行ったら袋叩きに合いそうですし」
そうだった、と五十嵐はつぶやいた。当時あれだけ騒がれて電話までしてきた連中なのだ、歓迎されるわけない。それに姉が死んでいたのは神社ではないので本当に用事がないのだ。
「じゃあどこに行くの?」
「姉が見つかった池、と言いたいところですけどあそこは神社からしか行けないので池を見渡せる所です」
神社の敷地は広い。敷地中央に本殿があり、そこから通路が外側に向かって渡されている。その先に池があり、神社本殿からしか行くことはできない。
神社をぐるりと囲うようにして配備されている道から少し外れた処、竹林がうっそうと生い茂る場所がある。雑草は生え放題で手入れは全くされていない。人の使う道も獣道もないような荒れ果てた場所だった。
伸びきった雑草をかき分けるようにして進んでいく。竹は強い植物だ。横ばいに根を張りあっという間に広がっていく。土の下に生存競争があり、植物たちはみんな我先にと養分や日の当たる場所を求める。竹は根が強く長く伸びるので一度生えてしまえばその土地の覇者となる。
そんな竹について生きているのは蔓植物だ。花が咲いている。
「お、朝顔だ。竹林に咲いているのは珍しいな」
「……そうですね」
花弁は青を基調とし白い筋が5本入っており、竹をつたってあちこちに伸びている。外から見たら見えない場所だが、中に入ると一輪、また一輪と花が咲いているのが見えた。進むにつれてだんだん花の数が増えていく。
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