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新幹線で3時間ほど移動し、そこからさらに在来線に乗って山と山の間を走っていく。都心の静かな電車に慣れてしまうとガタンゴトンと揺れるだけで何もしていないのに疲れてしまう。あの一件があって家は引っ越し、一度も来たことがなかった懐かしい「故郷」。
目的の駅に着き、ようやく立ち上がってホームへと降り立った。改札は無人だ、利用者がいない。時刻表が載っていると思われる板は長年雨ざらしにされている影響でもはや時間は読み取れない。申し訳程度に設置されているフェンスも穴が開いていて改札など通らなくても入ってこれそうだった。夜に来たら肝試しにぴったりなほどに廃れている。
それをしり目に駅構内から出ると見慣れた、しかし明らかに寂れ具合が増した光景が広がっていた。
合併からも置いて行かれ新たに人が増えることも商業施設が増えることもない、高度経済成長から忘れられた村。何もない、電波も届きにくい山の奥にある。自然が豊富だという事以外特に面白いものなどない。高い建物がないので空が良く見える。遠くに大きな入道雲があるので今夜は雨かもしれない。
迷いなく、ある場所を目指してまっすぐ歩きだした。駅前の道を歩き、一度だけ左に曲がると見えてくるのだ、あの場所が。
ふと見ればやっているのかどうかも怪しい小さな商店がある。生活用品から駄菓子まで、この村で必要なものはここに来ればだいたい足りてしまう個人経営の店だ。あまりよく覚えてないが、昔は姉とよく来てアイスを買っていた気がする。棒状の二つに折れるタイプで半分こをしていた。
なんとなく立ち寄り中に入ると薄暗い。陳列しているのも見たこともないメーカーのものばかりでいかにも田舎の店と言ったラインナップだ。
店の奥が住居になっていて、人が来たら店番が出てくるのだろう。億劫そうに顔を出した老婆は数秒ほど見つめてきたが、あれ、という表情に変わる。
「みやこちゃん?」
目を見開いている。それはそうだろう。見た目は8年前の姉の面影がある。
「違いますよ、おばあちゃん。薫です」
「あ、ああ……ああ! 薫ちゃんか! なつかしいねえ、久しぶりだねえ。ごめんね、そっくりだったからびっくりしちゃって。大きくなったねえ」
軽く会釈をしてアイスが入った冷凍庫から見覚えのあるアイスをレジに持っていく。
「これ、みやこちゃんがよく買ってたね。薫ちゃんといつも半分こして」
「そうですね」
一本50円。お小遣いが少なかった当時これは本当に重宝した。ソーダ味が一番好きだった。姉はイチゴ味が好きだったのに、いつも自分の好きな味を買ってくれていた。
何やら話したそうな店主を軽くあしらい店の外へと出る。あの老婆は話が長い。それほど時間をかけるつもりはないのだ。アイスを折って食べながら歩き出すと、後ろからかけ寄ってくる足音が聞こえ振り返る。
「あ、ちょっと待って待って」
来たのは中年の男性だ。村に住んでいる雰囲気ではない、荷物の多さからも明らかに外から来たのだろうと思う。
「いやあ、さっきのお店で住居の方の玄関の方にいたんだけど。あ、怪しいものじゃないよ、はいこれ」
聞いてもいないのに名刺を渡してくる。五十嵐という名前で新聞記者という肩書だった。
「毎年この村で起きてる不審死について取材してるんだけどね、村の人たち口が堅くて。さっきの人もお客さん来たからさっさと帰れって追い返されちゃいそうな時に君の声が聞こえたから。君、さっきのおばあさんと知り合いっぽかったよね。この村の人だけど引っ越しか何かしたのかな?」
「ええ、まあ」
適当に相槌を打ちながらじっくりと観察する。こんな小さな村の不審死に目をつけているということは毎年新聞に記事を載せているのはこの男なのだろうかと思ったが、毎年載せているのならわざわざ取材には来ない。おそらく別人か。
人柄がよさそうなのは取材する人間の必要スキルであって彼自身が良い人とは限らない。警戒はしたまま当たり障りのない態度で接する。
「早速だけど取材させてくれないか。君の知っているこの村の不審死について」
少し考えたが、「いいですよ」と答えた。すると五十嵐は「よかった!」と喜ぶ。
「そんなに断られてたんですか」
「そうなんだよ、まいっちゃうね。騒ぎ立てられるのが嫌みたいでさ、静かに暮らしたいらしい。ま、気持ちはわかるけど毎年一人死人が出る方が静かになんて暮らせないと思うんだけどね」
「それは典型的な外部の人間の意見ですね」
住んでいる当事者からすれば根掘り葉掘りされる方が嫌に決まっている。今の言葉に気を悪くした風でもなく軽く肩をすくめた。
「そりゃあね。こっちは商売でやってるから。それにしても年の割に冷静だなあ、えーっとさっき薫ちゃんって呼ばれてたっけ」
「はい」
「じゃあ早速教えてよ、この村の連続不審死事件とか、その経緯とか。僕も調べてはいるけどね」
「いいですよ。行くところがあるので歩きながらでよければ。あと、引っ越ししてここには住んでないのであまり詳しいことはわかりませんけど」
構わないよ、という五十嵐とともに歩きながら薫は知っていることを話し始めた。
八年前のあの出来事と、今も続くおかしな事件のことを。
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