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<1日目>
日曜の夜、尿意をもよおして目覚めた私――守屋重美――はずいぶんと体が重いことに気付く。不思議に思いながらもトイレに立ち、便座を下ろして腰かけ、用を足すと
違和感を覚えた。
「!?」
股間に見覚えのないものがある。男性器だ。変な夢を見ているものだと思いながら、そっと拭いてトイレを出て洗面台の鏡を見た。
どう見ても、そこに映っているのは夫の姿である。私は嫌な予感を胸に、リビングへ向かうとそこには『私』がいつものようにこたつに半身を突っ込んで寝ていた。
――やっぱり夢なのだろう。そう思った私は時計を見て、あと1時間ほど眠れることを確認した後で再び布団に入る。次に起きた時にはきっと、元に戻っているはずだ。そう思いながらうつらうつらしていた。
「しげ!」
女の声で名前を呼ばれる。朝からなんだよと思いながら私は
「なんね?」と返事をする。その声の低さに驚いて、私は飛び起きた。目の前の女は明らかにいつも鏡で見ている私である。
「やっぱりしげか」
と、私の姿をした女は諦めたように私を見ながら言った。
「ちょっと来て」彼女は私を洗面台のところまで連れて行く。二人並んだその姿は私たち夫婦だった。
気分を落ち着かせるために二人でコーヒーを飲む。時計は五時半を示していた。いつも起きている時間だ。
「わたしたち」
「入れ替わってる?」
こんな時は気が合う私たちは、お決まりのボケをかます。
「冗談じゃなくて本当に入れ替わってるよね」
「うん」
二人で起きた事実を確認しあうように話し合う。今日は月曜なので、とにかく会社に行かないといけない。だけど私の姿をした夫は困った顔をした。
「まず、しげの会社に行っても俺はどうしようも出来ん」
そりゃそうである。勤続25年目のベテラン事務員の仕事は、そこらのおっちゃんでは処理できないだろう。ここはひとつ仮病を使うしかないが、このコロナのご時世である。『守屋重美』自身が熱を出すと、色々まずい気がする。
「ここはひとつパンダ先生が熱を出したことにして【検査結果が出て熱が引くまでは有給を使う】と言おうと思うんやけど」
「そうやね。いつまで続くか分からんけど、とりあえずそうするしかないよね」
さっそく私は夫に電話でそれらしく話してもらえるようシナリオを書き、上司に電話して事情を話してもらう。
「それは心配だね、結果がわかったら教えて」
そう言われ電話を切ったようだ。
私たちは二人で顔を見合わせてため息をついた。
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