ショー・マスト・ゴー・オン!

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「採寸するから一旦練習やめてこっち来てー」  衣装係のリーダーを務める南野先輩の声が体育館に響き渡り、思い思いの練習をしていた部員の動きが止まる。子爵役の藤白部長と何か話していた佐山くんも、メジャーを持って体育館にやってきた私たち衣装係の一団を見た。その黒い瞳が私を捉えたような気がして、思わず肩をすぼめる。  衣装の採寸のため、衣装係の面々が役者のもとへ散らばっていく。私も誰かの採寸を、と辺りを見回したところで、大股に近づいてくる人影があった。佐山くんだ。 「羽瀬、採寸頼む」 「えっ、あっ、はいっ」  苗字を呼ばれて飛び上がる。佐山くんは怪訝そうに首を傾げ、黙って両腕を広げた。私は大慌てでメジャーを引き伸ばし、採寸を始める。  すぐ近くに佐山くんの身体があって、ドキドキする。心臓の音が聞こえてしまわないか心配だ。ときどき触れてしまう指先が焼けるように熱い。  ちら、と佐山くんの顔を見上げる。彼は無表情で遠くを見つめていた。緊張しているのは私だけで、彼にとってはただの採寸以外の何物でもないのだろう。 「……あれ? 佐山くんちょっと体格良くなった?」  背伸びしながらメジャーを佐山くんの肩周りにぐるりと回す。前回よりも数値が変化していた。衣装作成時には動きやすいように注意しないといけないだろう。 「そうか。まあ、筋トレしてるから」  佐山くんの声はそっけない。舞台上では感情豊かにどんな役でも演じる人だが、舞台を下りると少し怖いくらい感情が見えないのだった。 「そっかあ。でも前々回から前回のときは特に変わらなかったよね。成果が出てきたのかな」  何気なく口にしてハッとする。前々回も前回も、測定したのは私だ。嬉しくて何度も数値を確認してしまったので覚えているのだ。でも、前々回なんてもう半年以上前のこと。そのときの数値をいちいち記憶している子はかなり気持ち悪いのでは?  案の定、佐山くんも驚いたようにじっと私を見つめている。なんだこいつキモとか思われてるのかな……死のう……。  佐山くんは「あー」と気まずげに頭をかくと、ジャージのポケットに手を突っ込んで私の顔を窺ってきた。 「ずっと羽瀬に採寸頼んでるの、バレたな」 「えっ……?」  ドキ、と鼓動が一つ跳ねる。それってもしかして――? けれど、佐山くんは何でもないように言葉を続けた。 「同じ学年で頼みやすいから、つい。迷惑だったか?」 「全然迷惑じゃないよ! これも衣装係の仕事だし!」  ぶんぶんと両手を振り回す。当たり前だ。衣装係は人手が足りなくて、各学年に一人しかいない。だったら同じ二年生の私に頼むのは自然なこと。というか、他の二年部員の採寸も毎回私がやっている。  火照った頬を隠すために俯いてノートに測定結果をメモしていると、後ろから覆い被さるように、佐山くんが手元を覗き込んできた。突然詰められた距離にヒュッと呼吸を止める。彼は音もなく背後から手を伸ばし、ぱらぱらとページをめくった。 「……本当だ。結構成長してるな」 「ウ、ウン」 「最近は腕を中心に鍛えてんだけど、どう思う?」 「ひぁ」  首元に佐山くんの腕が回されて、奇声が漏れる。確かに腕はしっかりとした筋肉に覆われていて、筋トレに励んでいることが察せられた。  いや待って待って……私抱きしめ……チョークスリーパーだこれ! 「佐山くんストップ! 急に人の頸動脈を狙わないで……」 「やっぱりダメか」  耳元で低い笑い声がして解放される。佐山くんは投降する犯人のように両腕を上げていた。 「エチュードのつもりだったんだけど。驚かせて悪い」 「心臓止まるかと思ったよ、物理的に」  ドッドッと嫌な音を立てている胸元を押さえる。佐山くんが口を開きかけたとき、藤白部長の呼び声がした。 「羽瀬、こっちの採寸お願いしていいか?」 「すみません今行きます!」
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