ショー・マスト・ゴー・オン!

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 ふと気づくと、窓の外には夜が訪れていた。私は家庭科室で、一人衣装を縫っていたのだ。南野先輩も後輩の秋ちゃんも今日は先に帰ってしまっていた。  壁にかかった時計を見上げると、もう二十時だ。私は慌ててミシンや材料を片付け、帰ろうとリュックを掴む。そのとき家庭科室の扉がガラリと開いた。 「羽瀬、やっぱりまだいたか」 「さ、佐山くん!? なんで!?」  目を丸くする。制服姿の佐山くんが、なぜか入口に立っていた。 「外から明かりが見えたから。今日は羽瀬一人で作業だろ。危ねえから送ってく」 「い、いいの」  ぎゅっと両手を握りしめる。胸がぽわんと温かくなった。部の予定表を見れば、私が一人で家庭科室にいるのはすぐ分かる。それをわざわざ確認して、心配してくれたのが嬉しかった。  佐山くんが私の手からリュックを取り上げた。 「俺が勝手に気にしてるだけだから。いつもは衣装係メンツで帰ってるから大丈夫だろうけど。……羽瀬を危ない目に遭わせるわけにはいかねえだろ」 「確かに、夜遅くまで作業してて事件に巻き込まれましたってなったら、活動に響くもんね」  深く頷く。放課後の居残り作業が禁じられるかもしれない。  佐山くんは何か言いたげに口元をむずむずさせていたが、やがてため息をついた。 「……まあ、気をつけてくれればいいけどな」  二人で並んで、夜道を歩く。街灯の数が少なくて、辺りはほとんど闇に包まれている。隣を歩く佐山くんの気配が妙に近く感じられた。ふと指先が彼の手の甲を掠め、慌てて指を握り込んだ。 「――前から気になってたんだけど」  ぽつりと佐山くんが言葉を漏らす。 「なんで羽瀬は演劇部に入ったんだ? 手芸部もあっただろ」  佐山くんが演劇部だからだよ。 「服飾に興味があったから」  できるだけ綺麗な笑顔を作る。暗くて見えないかもしれないけれど嘘を知られたくなかった。佐山くんはしばらく黙り込んだまま私を見下ろしたあと「ふぅん」と低く呟いて、 「……藤白部長がいるからかと思ってた」 「へ!? 部長!? なんで!?」 「なんでって」  佐山くんが呆れたように肩をすくめる。 「新入生歓迎会で演劇部が公演やってただろ。そこで部長目当ての新入生がたくさん入ったんだよ。そういうミーハーな奴らはすぐ辞めてったが」 「ああ、そんなこともあったね……」  騒ぎになっていたような気もする。私には縁のない話だったので忘れていた。ぼんやり首を縦に振ると、佐山くんの足が止まった。  怪訝に思って振り向くと、彼は顔をこわばらせて絶句している。ちょうど電灯の下、スポットライトに照らされた主役のようだった。 「……どうかした?」 「あの事件をそんなことって……」 「え、いや、私は衣装係だし、部員が減って採寸が早く終わるなーとしか」  おろおろと弁明する。と、佐山くんが片手で顔を押さえて笑い始めた。 「本当に部長は関係ないんだな」 「うん。全然」  だから最初からそう言っているのに。ちょっと拗ねた気持ちで唇を尖らせる。私は佐山くん一筋なのだ。最初に出会ったあの日から。  たとえ、それをあなたが覚えていなくても。  私にとってあの入学式の日は特別だった。  ――それでいい。  またゆっくり歩き出しながら、隣を見上げる。 「佐山くんは演劇が好きだから演劇部に?」 「ああ、中学でもやってたから。それでこの高校選んだってところもある」 「そうなんだ!?」  その真剣な横顔が眩しくて、目を細めてしまう。佐山くんが微笑みを私に向けた。 「だから、羽瀬みたいに真面目なやつがうちの部にいて嬉しいんだよ」  その笑顔があまりにてらいなくて、私は口籠ってしまう。思わずもごもごと言葉を紡いだ。 「あー、うん。実は服飾だけではないんだけど」 「……他にも何かあるのか」  佐山くんの顔からすっと表情が抜け落ちる。私は眉尻を下げ、それから口元に指を立てた。 「――それは秘密ってことで」  街灯は遥か遠く。佐山くんがどんな顔をしているのかは、私の目には見えなかった。
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