62人が本棚に入れています
本棚に追加
百合香は、浮き浮きと弾むような足取りで、買い物から帰って来た。
今朝、出勤する慶次郎は、いきなりアメジストのネックレスを首に掛けてくれ
「結婚、15周年だね」と、言った。
驚く百合香を抱きしめると「今日は、早めに帰るよ、二人で、お祝いしよう」
と、耳元で囁いた。
それは、今夜は、百合香を抱くと言う事だった。
この頃は、月に一度位しか抱いてくれない。
慶次郎を待ち焦がれる、百合香の身体は、それだけで熱くなる。
百合香は、奮発して慶次郎だけに、和牛のサーロインステーキの肉を買った。
慶次郎が喜んで、美味しそうに食べる姿を想像しながら帰り着き
ポストに入っている、茶封筒を取ると、それをキッチンのテーブルの上に置き
肉や、生ものを冷蔵庫へ入れ、椅子に座って、何気なく宛名を見た。
この手の封書は、大抵、慶次郎の仕事関係だ、これもそうだろうと思ったが
あて名は、百合香になっていた。
「あら、何かのダイレクトメールかしら、それとも市役所からのお知らせ?」
裏を返してみたが、差出人の名前は無かった。
取りあえず開けて見ると、一枚の紙にワープロで書かれたような文字で
「この女の正体が知りたかったら、三日後、近くの▽▽公園まで
20万円を持って来て下さい、二人の関係が、はっきり分かる
写真や、音声が有ります」と、書いている。
いくら、景気の良い公認会計士の妻でも、基子の様に
30~50万と言う訳には、行くまい、川谷は、20万が妥当だと思ったのだ。
「女の正体?」封筒の底に有った、二枚の写真を見て、百合香は顔色を変えた
正体も何も、ホテルに入ろうとしている、男女の後ろ姿だって
女は後ろ向きでも、慶次郎の顔は、映っている二人の
キスしている所だって、教えて貰わなくても、基子だと分かる。
先日、例のごとく、強引に買い物に付き合わされ
基子が、特に気に入って買った服だったし
そんな服でなくったって、長い付き合いだ、後姿だけで分かる。
写真を持つ手が、ブルブルと震える。
「何で、、二人が、、、」信じられなかった。
子供もいないし、ちょっとした、ご近所付き合いだけと言う、百合香にとって
何でも話せ、最も頼りになる、一番心を許していた基子なのに、、、
これは、何かの間違いだわ、百合香は、泣きながら、その写真と紙を
細かく破って、ゴミ箱へ捨てた。
そこへ、早めに帰ると言っていた、慶次郎の「ただいま~」と言う
何事も無い様な、何時もの声に、聞くまいと思っていたのに、涙の顔を向け
「貴方、基子さんと付き合っているのね」と、聞いてしまった。
百合香の態度を見た慶次郎は「バレたんだね、いつかは、そんな日が来ると
思っていたけど、まさか、結婚15周年の日だとは、思わなかったよ」と
静かに言う、何を落ち着いているの?何で否定しないの?
しかし、その言葉は、喉から出て来ない、ただ、涙だけが溢れて来る。
「こうなったら、もう別れるしか無いね、幸いと言ったらいけないけど
子供も居ないから、君も、まだやり直しやすいだろ」
「え?別れるって、基子さんとじゃ無くて、私と?」
「そうだよ、基子と別れたって、兄弟なんだから、今迄と同じ付き合いになる
そんなの、君は、もう嫌だろ?」まるで、離婚するのは、百合香の為だと
言う顔だが、慶次郎には、基子と別れる気は、さらさら無いのだと知る。
そう言えば、何時も、お前の為だと、優しい夫の様に振舞っていたが
よく考えれば、みんな、基子と自分の為だったんだ。
やっとそれに気付く、私って、鈍感だな~と、唇を噛む。
「こんな時の為にと、ちゃんと用意していたんだ」
慶次郎はそう言うと、家庭用の小さな金庫を開け
中から、一枚の用紙を取り出した、離婚用紙だった。
「そんな物まで、、、」呆れて、もう涙も止まってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!