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「さぁ、ここへ名前を書いて、後は、私が全てやって置くからね」
慶次郎は、呆然としている百合香の手に、ペンを握らせる。
その声に、操られる様に、百合香は、震える手で自分の名前を書いた。
慶次郎は、離婚用紙を鞄に入れ、金庫の中から、帯封の付いた100万円を
百合香の前に置くと「もう、ここに居るのも嫌だろ
このお金で、住む所を探しなさい、私は、一週間留守にするから
その間に、引っ越しを済ませると良い」と、勝手な事を言った後
「そうそう、慰謝料、いくら欲しい?」と、聞いた。
こんな重大な事なのに、まるで他人事の様に、淡々と事務的な口調で
事を進める慶次郎に、かっとなった百合香は
「慰謝料?一億円よっ」と、強い言葉を投げつけた。
しかし、慶次郎は、顔色一つ変えずに
「分かった、直ぐ君の口座に振り込んでおくよ」そう言い残すと
さっさと家を出て行った。
かっかしているのは、百合香だけで、まるで暖簾に腕押しだ。
幸せの絶頂から、一気に不幸のぞん底に突き落とされ
僅か10分もしないうちに、もう、慶次郎とは、他人になってしまった。
へたへたと座り込んだ百合香の目に、金庫の上に、金庫の鍵が有るのが見えた
この金庫が、開いている所を、百合香は一度も見た事は無い。
何が入っているのとは、無言の圧力が有って、聞けなかった。
そのうえ、金庫の鍵は、慶次郎がいつも持ち歩いていたので
きっと、物凄く大事な物が、入っているんだと思っていた、その鍵が有る。
平静そのものだった慶次郎も、少しは動揺していたのかと
その鍵を手に取り、金庫を開けて見た。
しかし、中には慶次郎が買い物をした領収書など、数点入っているだけで
大事そうな物は、何も無い。
な~んだ、大事な物は、離婚用紙と100万円だけだったんだ。
そう思って、閉めようとした百合香は
一番下に有る、古いアルバムに目が留まった。
「アルバム?」何で、金庫の中なんかにと
手に取って広げた、百合香の身体が固まった。
「楽しかった、九十九里」と、添え書きが有る写真には
若い基子の、弾けるような笑顔が有った。
若い慶次郎の写真も有る、自動で撮ったのか、頬を寄せ合っている
二人の写真も有った、日付を見ると、19年も前だ。
まだ百合香と、結婚もしていない「こんな時からの、、、」
二人が、あちこちに出掛けて、楽しんでいる写真が続いた後
「誕生、おめでとう」と、書かれた、生まれたばかりの史郎を抱く
慶次郎の写真が有り、幸せで、満面の笑みの基子の写真も有って
「よく頑張ったね、有難う」と、書かれている。
それからは、史郎を中心にした、まるで家族の様な写真が続いていた。
「なにこれ?史郎ちゃん、まるで自分の子供みたいに」
そう呟いた百合香の身体に、ゾクッと悪寒が走った。
まさか、まさか、史郎は、、慶次郎の、、、だから、だから
史郎が居れば良いと、私との不妊治療に協力しなかったのか。
だから、喜一郎は、史郎に冷たかったのか
そもそも、私との結婚も、基子との仲をカモフラージュする為だったんだ。
いつでも離婚できるように、子供も作らず、この金庫の中に離婚用紙と
当座に必要な、お金を入れていたんだ。
私は、そんな事は何も知らず、幸せだと信じ切っていた。
15年間も、二人に騙され続けていたんだ。
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