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その百合香は、新しいキッチンで、料理をしていた。
史郎は、百合香が作ってくれた、自分の好きな夕食を、ご機嫌で食べ
「じゃ」と、手を挙げ、自分のマンションへ帰って行った。
一人になると、部屋の中は静かすぎ、テレビも見る気になれず
早々と入浴も済ませると、もう、する事が無かった。
今までの毎日は、何であんなに忙しかったのかと、不思議になる。
一人になるって、こう言う事なのかと、ぼーっとしていたが
11時になったので、眠くは無いが、ベットに入る。
眠れぬままに、あれこれ考えるが、最後には両親の顔が浮かぶ。
百合香は良い人と巡り合った、子供も産めないのに、慶次郎さんは
本当に大事にしてくれている、幸せになってくれて良かったと
実家に帰る度に、喜んでくれていた。
離婚したと知ったら、どんなに悲しむだろうかと思うと、涙が溢れて来る。
泣いている百合香の肩に、そっと誰かが手を置いた。
「誰?」ぎょっとして振り向くと史郎だった。
「し、史郎ちゃん、どうやって入って来たの?」
「嫌だな~玄関の認証システムに、登録したじゃない」そうだった。
「でも、何でこんな時間に?」「きっと、泣いているだろうと思ってさ」
百合香は、慌てて涙を拭い「有難う、でも、もう大丈夫だから」と、言ったが
史郎は「折角来たから、泊って行く」と、言って百合香の横に寝た。
「駄目よ、本当に大丈夫だから、もう帰って」「嫌だ、泊る」
言い出したら聞かない、帰ってくれそうにないので
「じゃ、私、ソファーで寝るわ」そう言って、ベットを降りようとすると
後ろから抱きしめた史郎は「百合と抱き合って、一緒に寝る」
と、耳元で囁いた。
「駄目駄目、こんな事はしないって、約束したじゃない」
「あ、あれは、昨日はもうしないって言ったんだよ、でもほら、もう12時だ
今日になったからね~今日はする」
「なに言ってるの、駄目よ」「百合は俺が好きなんだろ、俺は百合が大好きだ
何も問題ないよ」問題、大有りだわと「とにかく駄目よっ」強く言って
史郎の腕を振りほどき、ベットから離れた。
「百合、やっぱり俺の事は、好きじゃ無いんだ」
あんな慶次郎が、まだ好きなのかと、がっかりした顔で言う。
「史郎ちゃんは好きよ、でも、、、」
「嘘だっ、好きだったら、俺を受け入れてくれる筈だっ」
そう叫ぶと、史郎はテラスに出て
「受け入れてくれないんだったら、生きている意味が無い
ここから飛び降りるっ」と言って、長い足を片方、手摺りに掛けた。
驚いた百合香は、慌てて傍に駆け寄り
「止めてっ、冗談でも、そんな事をしちゃ駄目っ」と叫び
手摺に掛けていた、史郎の足を、両手で持って下に降ろした。
「冗談?俺は、百合の事は、いつだって本気だっ
10歳の時から、ずっとずっと本気だっ」
史郎は、子供の様に地団太を踏むと「何で分かってくれないんだ
俺の事は、誰よりも分ってくれていたのに」と、声を震わせると
両膝をついて、百合香の足に抱きついた。
月明かりに照らされた、史郎の頬に、光るものを見て
百合香の抵抗も、そこまでだった。
百合香は、優しく史郎の頭を撫でて「しょうの無い子ね~」と言った。
それは、史郎のお願いを、最終的に許してくれる時の言葉だった。
史郎は、拳でグイっと涙を拭くと「どうしても、百合が欲しいんだ
俺だけのものにしたいんだよ」と、百合香を抱き上げて、ベットに運んだ。
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