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それぞれの行方
「お待たせ~」史郎は、涼しげなアロハシャツに、サングラスと言う格好で
助手席を開け、車に乗り込んだ百合香に
ダッシュボードから、もう一つサングラスを出し
「百合も掛けて」と、言う。
百合香はサングラスを掛け「どう?」と、聞いた。
「良いよ~良く似合ってる」史郎は、嬉しそうに笑うと
「じゃ、出発!!」と、言って、アクセルを踏んだ。
初めて掛けたサングラスは、百合香の疚しい思いまで
隠してくれる様な気がした。
車の中には、心が弾む様な、軽快な音楽が流れ、直ぐに高速に乗った車は
スピードを上げる、後ろに飛んでゆく景色は、今迄の生活から
新しい世界へと、突き進んでいくように思えた。
一方、慶次郎は、百合香がもう家を出たと聞いて、一度、家に帰る事にした。
そう言うと「私も、一緒に行くわ」
もう、こそこそしなくても良くなった基子は、どこにでも付いて来たがる。
その時になって、慶次郎は、金庫の鍵を、置き忘れていた事に気付いた。
百合香に、あのアルバムを見られたかも知れない。
しかし、さっきの声の調子は、落ち着いていた。
きっと、あの後、直ぐに家を飛び出したのだろう、そう思った。
それでも、玄関を開けると、真っ先に、金庫のある部屋に向かう。
「あぁっ」金庫の戸は開けられていて、その前に結婚指輪が転がり
アルバムは無く、代わりに、引きちぎられたネックレスが入っていた。
「こ、これ、、」基子が指さすテーブルの上には、そのアルバムが有ったが
全ての写真に、油性ペンで大きく✕が書かれていた。
洋服ダンスの扉も、開けっ放しで、基子が買ってやった洋服は
全て、ズタズタに切り裂かれている。
それは、百合香の怒りが、いかに凄まじい物であったかを、物語っていた。
「の、喉が渇いた」慶次郎は、台所に行き、冷蔵庫を開けた。
中には、表面が少し黒くなった、ステーキ肉が、パックされたままで有った。
結婚15周年だからと、百合香が奮発して買って来た物だと、一目で分かる
その色の変わった肉は、百合香の喜びが、一瞬で悲しみに変わった事を
表していた、基子は「お前達の幸せは、百合香の悲しみの上に有る」と言う
父の言葉を、思い出した。
「私達、最低ね」ぽつりと言う。
「ああ、最低だな」慶次郎もそう言って、基子の肩を抱き
「それでも、一緒に行くしか無いよ」と、言った。
それにしても、百合香に、自分達の事を教えたのは誰なんだろう。
直ぐに、川谷の顔が浮かぶ、もし川谷なら、それも自分の蒔いた種だと思った
慶次郎も、百合香の事を考えていた。
これだけの怒りが、僅かな時間で鎮まったのは、何故なのか?
友達を作る事は、禁じていたので友達も居ない。
両親や妹には、離婚した事すら言っていない、不思議だった。
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