それぞれの行方

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基子が、全く掃除しないので、ピカピカだった部屋も 三月もすると、どことなく薄汚れて来た。 「部屋が、汚れて来たな」と言うと 「そう?じゃ、ハウスクリーニングを入れるわ」と、言う。 そんな大げさに事をしなくても、大人二人だけの部屋だ。 使った所を、ちょっと掃除するだけで、汚れない筈なのに 基子が、ぞうきんを使う事など無い。 家事が出来ないとは知っていたが、思っていた以上だった。 埃一つない家で暮らして来た慶次郎は、脱ぎっぱなしの基子の靴 出しっぱなしの化粧品、先に使ったままで、窓も開けず 湯気のこもった浴室など、気持ち悪くて、つい顔をしかめる。 それよりも、もっと酷いのは食事だった。 料理が出来ない基子は、美味しいと評判の店や 有名な料理屋の、出来合いの物を買ってきたリ、取り寄せたりして 夕食として出す、いくら贅沢な食事でも、毎日だと飽きて来る。 だが、百合香が作っていた様な、家庭的な料理が、出て来る事は無かった。 付き合いで飲んで帰って来た時に、その重苦しい料理を出されると げんなりする。 「今夜は、付き合いで飲む」と、出掛けに一言、言うだけで、帰ると 胃に優しい、茶わん蒸しや、あっさりした、お茶漬が出て来ていた。 それも、当たり前だと思っていたが とても贅沢な事だったんだと、思い知らされる。 何時しか慶次郎は、家に帰る時間が、少しずつ遅くなって行った。 秋も終わり、初冬の風が、寒く感じるようになった日 基子は、父の隆吾を訪ねていた。 「史郎ったら、いつ行っても居ないの、こんな事になって 引っ越しした事を、知らせたいのに、全く連絡が付かないのよ」 当然だ、あれから史郎は、ずっと百合香のマンションで、暮らしていた。 「史郎なら、さっき電話が有って、話が有るから、近々行くと言っていたが」 「そうですか、体調を崩しているとか、言ってませんでした?」 「そんなに心配しなくても、もう、史郎も子供じゃ無いんだぞ わしが買ってやった車が気に入って、友達と、旅行でもしていたんだろう 会えば、様子も分かるさ」「私達がこんな事になったって お父様から言って頂けません?私が、直接言うより ワンクッション有った方が、史郎のショックも、少ないと思うの」 「分かった、分かった」「お願いしますね」 「それより、百合香の行方は、まだ分からないのか」「ええ」 先日、基子は、埼玉の実家に、一人で出掛け「近くを通ったからと」と 恐る恐る寄ってみたら「お義姉さん、よく来て下さいました」 「お陰様で、この通り」と、苺の苗で一杯のハウスの中を見せられた。 百合香は、お金を出してくれたのは、基子だと知らせた様だった。 「収穫出来たら、真っ先にお届けします」「これも、お義姉さんのお陰です」 と、大歓迎され「この仕事が忙しくて、姉の所にも行けていないのです。 御迷惑でしょうが、姉にも渡して下さい」と 採れたての野菜を、山の様に持たせてくれた。 百合香は、今も実家には、何も言っていない様だった。 「いったい、どこへ行ったのかしら?」基子は、心配したが 「心配だが、今は、そっとしておいてやろう」慶次郎は、そう言った。
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