それぞれの行方

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隆吾は、基子には近々と言ったが、史郎は 「明日行くから、家に居てね」と、伝えていた。 約束した時間より、遅く来た史郎に、どんな風に話せば良いかと迷っていると 「祖父ちゃん、お願いが有るんだ」と、挨拶もそこそこに言う。 「何だ?」「実は、結婚したい人が居るんだ」「ほ~そんな人が出来たのか」 「うん、俺は、どうしても結婚したい、しなきゃ駄目だと、言ったんだけど その人は、俺との結婚をためらっているんだ。 でも、祖父ちゃんが認めてくれたら、きっと納得してくれると思うんだよね」 「成程、で、どこのお嬢さんなんだ?」「百合香叔母ちゃんだよ」 「なんだとっ」隆吾は驚きのあまり、持っていた杖を落とし 足の痛みも忘れて、椅子から立ち上がった。 「お前、正気か?」「うん、全然正気、どうしても結婚したいんだ」 「な、何でお前が、百合香と、、、」「俺が、付き合ってくれないんだったら 15階から、飛び降りるって、脅したんだ」 「脅しただと?何と言う事を」「だって、好きだって言う、俺の気持ちを 分かってくれなかったから」 「、、、百合香は、今、一番辛い時なんだぞ」 「分かってる、だから俺が守ろうと思ったんだ」 「守る?それが結婚する事になるのか」 「うん、俺、10歳の時から、百合と結婚するって、決めていたから」 真っ直ぐに目を見て、力強く言う孫の顔を見て、自分の意志は絶対に曲げない 基子にそっくりだと思う、と、言う事は、俺にそっくりと言う事か。 隆吾は、苦笑いした。 史郎は、小さい時からの事や、偶然、離婚したばかりの百合香の所へ行って そこで、自分の父親の事も知ったと、全て、正直に話した。 百合香は、付き合う事は承知してくれたが、史郎が大学を卒業するまでは 内緒にしたいと言った。 「何か言われても、俺が、ちゃんと説明するって言ったんだけど」 それでも、百合香が、母たちへの復讐で、史郎を誘惑したと思われたら 可哀そうだと、承知した。 「それが、何で、急に結婚しようと思ったんだ」隆吾は、椅子に座った。 夢の様に楽しい生活だったのに、この所、百合香の様子がおかしい。 体調も、良くないみたいなのに「何でも無いの」とか 「疲れが溜まってるだけよ」と言って、病院にも行かない。 大学に出掛けたものの、やっぱり病院に連れて行こうと、家に帰ったら 荷物をまとめて、出て行こうとしていた。 驚いて「ずっと、一緒に居ると言った約束を、破る気?」と問い詰めたら 妊娠した事を、打ち明けられた。 「何だとっ」また隆吾は驚いて、立ち上がった。 「百合香は、不妊症だったんだぞ」 「そんな物、俺の愛の力でぶっ飛ばしてやったんだ」 「し、信じられん」15年も、子供は出来なかったのに。 「だからもう、結婚しなきゃと、嫌がるのを連れだして 此処へ来る途中で、百合香の気分が悪くなって、病院へ運んだんだ」 「ど、どこの病院だっ」「入江先生の所だよ」隆吾は、ほっとした顔になり 「入江の所なら、大丈夫だ」と、言った。 隆吾が知る限りでは、一番腕の良い産婦人科医だった。 「悪阻がきつくて、身体が衰弱しているから、当分入院した方が良いって。 だから、預けて来たんだ」「そうか」隆吾は、やっと椅子に座った。 「なぁ、良いだろ祖父ちゃん、俺達の結婚を、認めてくれよ」 「子供まで出来たんだ、認めざるを得んだろう」 「やった~、有難う祖父ちゃん」史郎は、大喜びで目を輝かせ 「俺、子供が出来たって知って、新しい夢が出来たんだよね」と、言った。 「何だ?」「生まれた子共は、男の子でも女の子でも、外科医にするんだ。 そして、親子二人で一緒に、オペをする、良いでしょ。 祖父ちゃんも、そんな二人が見たいだろ?」 「何を言う、そんな頃まで、わしが生きている訳が無い」 「なに言ってんの、今は、100歳まで生きる時代だよ 子供がインターンになる頃、祖父ちゃんは、まだ90歳そこそこじゃない。 楽勝だよ」そう言うと「お礼に、子供の名前を付けさせてあげるよ」と ウィンクして、部屋を出て行った。 「なにが、100歳まで生きるだ、どいつもこいつも 人の寿命が縮まる様な事ばかり、しおって」隆吾は、ぶつぶつ言いながら 杖を突いて、書棚の前まで行き【良い名前の付け方】と言う本を取り出した。
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