好き、嫌い、好き。

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 きぃちゃんの嘘つき。  美しいウエディングブーケを固く握りしめて、私は心の中で毒づいた。 「次は真美が幸せになってね」  そんな言葉と共に渡されたブーケは 白いバラと小ぶりなひまわり。あとはよくわからない小さな花々で構成されていた。きぃちゃんのふんわりとしたウエディングドレスにブーケはよく似合っていた。  なんと残酷なバトンだろうか。そんな花束より、笑顔で友人代表のスピーチをやり切った私に主演女優賞の金の像をくれよ。  今日はきぃちゃんの結婚式だ。きぃちゃんは、大学で出会った友達で、もう八年の仲になる。親友と改めて呼ぶのは恥ずかしいけれど、彼女をカテゴライズするならば、その分類に当てはまるだろう。  きぃちゃんは今日結婚した。私より後に出会った男と。    きぃちゃんの噓つき。一緒に暮らそうって言ったじゃん。どうせ結婚できないからいつか二人で暮らそうって言ったじゃん。  三十歳を超えても深夜にピザ食べて、メロンソーダ飲んで、朝まで踊って暮らそうって言ったじゃん。  そんな子供が考えた理想みたいな話、本気にしていた方が馬鹿なのだ。だけど、だけど、だけど!  きぃちゃんは着実に人生の歩みを進めていた。  ある日、たばこを吸わないきぃちゃんの家のベランダに、灰皿代わりのお菓子の缶が置かれていた。 「きぃちゃんたばこ吸うようになったん?」 「いや、彼氏が」 「……へぇ」  きぃちゃんが踏み出した一歩は確実に私から離れようとしていた。いや、そもそも気づいた時には遠く離れていた。  私は今どこにいる?社会人になって三年経ち人生の何かを半分諦めた時だろうか。社会人になり立ての頃、労働したくない一か月くらい南の島へ逃亡したいと喚いた時だろうか。それとも、大学生の出会った頃から進んでいないのだろうか。  彼女はぽっと出の男と結婚した。  私は同性愛者ではない。彼氏がいたことだってあるし。けれど彼女と暮らしたかった。彼女と過ごす未来があるならばそれを選び取りたかった。  二次会もそこそこに、会場をあとにする。  すぐに電車に乗る気持ちにもなれず、一駅歩くことにした。  夜の東京の街をきちんと眺めるのは久々だった。ここの所、会社と駅の往復ばかりだ。東京の夜ってどうして少し明るい群青なのだろう。ネオンの輝きが、空にまで届いているのだろうか。地元の田舎の夜は黒かったはずだ。  どこもかしこも人だらけ。歩く人々はカップルとか、友人とか、複数人で固まっていて、一人で歩いているのは私だけだった。東京は寂しい街とかいう割に、みんな誰かと過ごしているじゃないか。いや違う、東京は寂しい街だから、人と一緒にいないと生きていけないんだ。無駄に美しいネオンは、一人でいる人間に牙を剥く。  鼻筋に水滴が落ちたのを感じ、気がつけばアスファルトは少しずつ水玉模様になっていく。アッと思った時にはもう降り出した。見えていたコンビニに駆け込む。  コンビニでビニール傘を買う。大学生の時は二人で入って帰る為に男物の大きい傘を買ったものだ。どんなに大きな傘を買っても相合傘をするとどうしても肩がはみ出してしまっていたが、喜んで肩を濡らした。今では通常サイズですっぽり身体が入るどころか、広いくらい。  今日は左肩が濡れないのに、土砂降りに濡れている気分だ。いつの間にか新しいパンプスが靴擦れを起こして痛い。もう歩くのも疲れた。  タクシーを拾おうとしたけど、辿りついた駅前の乗り場には行列が出来ていた。痛む足と相談した結果、諦めて電車で帰ることに。  次の電車まであと25分。東京でそんなことある?今日はとことんついていない。  ホームのベンチに半ば足を放りだすように腰掛けると真横のゴミ箱が目についた。 「……きぃちゃんは私のことが」  好き、嫌い、好き、嫌い。  ブーケから一本ずつ花を抜いてゴミ箱に捨てていく。なんと豪華な花占いだろう。  そもそも嫌いなわけがないのだ。『幸せになって』と、ブーケを私にくれたんだから。そんなことわかっている。今でも彼女の笑顔が好きだ。それでもやっぱり憎たらしい。  目に見えて私よりも優先順位が高い存在が出来たことが許せなかった。それだけなのに彼女の世界から放りだされた気分だ。どうして私との未来を選んでくれなかったの? 「……好き」 最後に一本、ひまわりが残った。嘘つき。 その花もゴミ箱に放りこもうとして──。
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