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ガシッ!
「わっ。」
長い手が力強く扉を掴んだ。
次の瞬間もう片方の手は私の背中に回り秀也君の方へと引き寄せられていた。
筋肉質の体がなんだか痛い。
胸の鼓動を大きく感じる。
力強く私を抱きしめる秀也君。
少し息もしずらくなってきてしまって。
「秀也君。ちょっと痛い…。」
そう言うと少しだけ力を緩めてくれたけど私は秀也君の胸に収まったまま。
すると頬で私の前髪をすくい上げると同時におでこにペタンと触れた。
「…やっぱり風邪じゃねぇな。」
「えっ?」
「こっちの話。てか電話もメッセージも無視かよ。あと有給休暇の事も。」
「だってそれは、、」
「分かってる。きちんと話すから中入って良い?」
「うん。」
緊張が走る。
話って…もしかしたら。
ダイニングテーブルに向き合う様にして座りお茶を出そうとしたけど今はいいと言うのでそのまま話し出した。
「まず最初に。土曜日はその…あんな所見せてしまって悪かった。いきなり抱きつかれて俺も正直動揺した。」
秀也君は話を始めるなり謝罪を口にした。
「あぁ…そうなんだ…そっか。」
予想と違って安堵する。
「あの日朝由紀乃さんから電話があって生のホタテを届けたくて近く迄来てるからと家に突然来る事になって。」
「うん。」
「それで仕方なく…まぁ届けてくれたから部屋にあがってもらったんだ。黒岩さんが持って来てくれた紅茶を飲みながら話していたらそういう事に。」
「そう…。」
「由紀乃さん結婚してるんだ。知花ちゃんて娘も居る。」
「え、そうなの?」
「この前病院で会っただろ?あれはお見舞い。由紀乃さんの旦那さんは俺の慕っている先輩。もうずっと目を覚ましてはいないけどな。」
「何があったの?」
「先輩は知花ちゃんが産まれてまだ間もない頃事故に遭った。それ以来ずっと眠ったままなんだ。そんな先輩の看病と知花ちゃんを抱えて毎日働きながらの生活の中、由紀乃さんは踏ん張って頑張ってる。いつも明るく振る舞っているけどたまにバランスを崩してしまう時もあったりで。」
「…。」
「土曜日のあの時も少し不安定になっていたのかもしれないんだ。でも何にせよお前が居るのに女性をあげるのはあれだよな。特別な用でも無い限りもうそういう事はしない。俺も軽率だった。」
耳に入ってくる秀也君の優しい声。
でも。
誤解が解けたというのにまだ私の胸の中はザワザワとうるさくて。
吐き出してしまいたい言葉はあるのにそうしてしまうとこの関係が壊れてしまいそうで余計に辛くて。
秀也君の話が終わっても私は暫くテーブルを見つめたままだった。
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