不安要素

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「じゃあまた…。」 そう言って笑みを浮かべ少しホッとしたように秀也君は帰って行った。 「うん。また。」 笑みを返しながら見送る。 私は普通を取り繕うのに精一杯だった。 玄関扉をガチャリと閉めると何故だか秀也君が来る前よりも孤独を感じた。 由紀乃さんじゃなくて私だけをもっと見て。 私の事だけを考えて。 …なんて言えるはずも無く。 そして由紀乃さんの話をする時の秀也君のあの優しい声が酷く私を傷つけていた。 有給休暇は旅行に行く訳でも無ければ奈江とも会う事も無かった。 乱れた心を整える時間が欲しかった。 でも結局、今こうしてお屋敷を目指して歩を進めているけどすっきりとしないでいる。 あぁ…今日はこんなに快晴なのにな。 「新谷さん…よね?」 後ろから女性の声がした。 締まりの無い顔で振り向くと由紀乃さんが立っていた。 「えっ、あ、由紀乃さん。」 「ふふ…やっぱり。おはよう。」 わぁ…。 朝の日差しが彼女の笑顔に降り注ぐとまるで女神像の様に美しかった。 「ん?どうかした?」 「いえ…。」 「丁度良かったわ。また頂き物しちゃったから秀也君に渡してくれると嬉しいんだけど良いかな?」 保冷バッグを差し出して首をかしげて甘えて見せた。 「大丈夫ですよ。渡しておきますね。」 「本当に?良かった。前回も生物で今回もだから忙しくって。」 前回ね…あの土曜日だよね。 それと電話の事も引っ掛かってるし。 「そうだ。この前はあんな所見られちゃってなんか恥ずかしいなって思ってて。私ちょっと元気無くて秀也君と話してたらなんかすがりたくなって。優しいから彼。」 「そう…でしたか。」 「知花って娘が居るんだけどね、秀也君あんな感じで優しいしたまに会ったりしてるから秀也君の事パパって呼ぶの。本当のお父さんみたいにね。その時の知花の顔が嬉しそうで…って、ごめんね、今から仕事なのに足止めちゃって。」 「あ、いえ。」 「黒岩さん?だっけ?に、紅茶美味しかったって伝えておいてね。じゃね。」 黒い髪を靡かせ颯爽と帰って行った。 まただ。 この取り残された様な孤独感。 秀也君と由紀乃さん二人の世界が私の知らない所で繰り広げられている。 私は決して踏み込めない領域。 秀也君と今付き合っているのは私のはずなのに。 由紀乃さんがどんどん入って来て私を不安にしていく。 私は秀也君の彼女…。 彼女…。 その言葉が私には響いてこない。
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