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コーヒーを買い待合室の椅子に並んで腰掛けた。
「もう諦めかけていた矢先にこんな事ってあるものなのね。先生も奇跡的だって驚いてたわ。」
コーヒーをゆっくりと口に運びながら由紀乃さんは少しリラックスしている様子で話し出した。
「俺は少しも諦め無かったけどね。先輩が由紀乃さんと知花ちゃんを置いて行く訳無いって信じてたし。」
「そうよね。秀也君はいつだって前向きで弱音なんて吐かなかった。」
「それに由紀乃さんや知花ちゃんの思いが先輩に届いたんだよ。毎回懸命に先輩のお世話に来ていたし。その先輩に対する気持ちは本当に素晴らしかったし尊敬に値すると俺は思う。」
「言い過ぎだよ。」
「いや本当に。」
何時目を覚ますかも分からない中で仕事をし、子供を育てながらの日々は誰もが真似出来るものでは無く肉体的にも精神的にも追い込まれるだろう。
そんな由紀乃さんを見てきて俺は心の底からそう思えたんだ。
そしてもう一つ。
由紀乃さんに伝えなければならない事があった。
「由紀乃さん。」
「秀也君。」
お互いに呼び合う声が重なる。
「ん?先にどうぞ。」
「あぁ、そう…じゃあ私から。」
由紀乃さんは胸のあたりに持っていたコーヒーをスッとお腹の前に下ろして改まる。
「秀也君の家にお邪魔したあの日の事なんだけど…急にあんな事して…抱きついてごめんなさい。あの時新谷さんの声が聞こえて秀也君を取らないでっ!て思った途端そんな事してた。」
「…。」
「病院で新谷さんに初めて会った時ピンと来た。あぁ、この二人は想い合ってるって。分かるのよそういうの。私、前にも言ったけど秀也君に想いがあるって伝えたじゃない?それで余計に馬鹿みたいに嫉妬して仲を引き裂こうとした。最低な女で自分が惨めに思える…今更だけど。だから新谷さんには誤解を与えてしまって申し訳なく思ってる。ごめんなさい。」
「そう…か。」
「怒った?」
「いや…。。」
「本当にごめんなさい。」
「…じゃあ次は俺の番。」
コーヒーを一口含んで。
「由紀乃さんさ。俺よりも先輩の事、愛してるよね。」
「…っ。」
「さっき病室で俺には見せた事無い顔してた。それで確信したんだ。由紀乃さんは先輩を愛してるって。分かるんだよそういうの俺も…はは。」
「秀也君…。」
「長い間。本当に長い間俺達を待たせた先輩が目を覚ましてくれた。病室での由紀乃さんのあの表情を見られて俺も安心した。だから…俺はもう必要ないよね。先輩に寄り添って愛してあげられるのは由紀乃さんしか居ないよ。それに先輩も大好きなサッカーよりも由紀乃さんを選んだっていうその圧倒的な深い想いが今でも変わらずに注がれていると俺は思っている。愛情深い人だから先輩は。」
「あり…ありがとう…秀也君…本当にありがとう。」
由紀乃さんは涙をボロボロと流して泣いていた。
俺はハンカチを差し出し天井を見上げた。
俺達は暗くて長い長い道のりを今やっと越えたんだ────────。
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