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まだ信じられない。
目の前に先生がいる。
もう一度、向かい合ってお茶をしている。
それだけで胸がいっぱいで、いつもより小さくなった先生がたまらなく愛しくて、涙が止まらなかった。
もっともっと、伝えたいことが山ほどあるのに、うまく声が出ない。
泣きじゃくる私に差し出されたクリオネのタオルハンカチ。その時にちらりと見えた右腕のリストバンド。
……余計に涙が分泌されていく。
「緑川。……酷いことをしてしまって、傷つけて、申し訳ない」
先に声を出したのは先生だった。
深々と頭を下げる先生に、思い切り首を横に振る。
悪いのは、謝らなければいけないのは私の方だ。だけどやっぱりまだ声が出ない。
必死になってハンカチで涙を拭った。
「……風間先生と再会して……すぐにわかった。あの人は俺のことを、許してなんかいないって。緑川にまで危害が加えられないか、心配で……たまらなく怖かった。……だから突き放してしまった」
俯く瞳。弱々しい声。
先生がずっとそうやって苦しんでいたことにも気づかずに、嫉妬に狂っていた自分を猛烈に恥じた。
「緑川の気持ち、わかっていたのに……どうすることもできなかった。すまない」
「私……の……方こそ」
「俺、どうしても緑川に、夢を叶えてほしかった。君が夏に進路を語ってくれたとき、心底嬉しかったから。……どうしても、希望する道に進んでほしかった。だから……」
そこでようやく、私はカバンからあるものを取り出した。
「先生、私」
そっと先生に、合格通知を見せつける。
「受かりました、大学」
先生は目を見開く。
そしてその大きくて綺麗な瞳から、じわじわと泉のように涙が湧き出した。
「緑川……」
「私だけじゃないです!双葉も、麗ちゃんも!クラスの皆全員、志望大学受かりました!」
私も泣きながら微笑むと、先生は項垂れるようにして肩を震わせた。
「そうか……よかった。……よかった」
今度は先生にクリオネのハンカチを手渡す。そんなやりとりすら、どこまでも愛しい。
「先生、……私のせいでこんなことになってしまい……ごめんなさい」
やっと直接謝ることができた。
謝ってもどうしようもないことは、百も承知だけど。
先生はそんな私に、あの日のような陽だまりの笑顔をくれた。
「何言ってるんだ。緑川のせいじゃない。全部俺の責任だ」
「ダメです!先生だけが責任をとるなんて。……私、必ず先生の汚名晴らしますから!」
「緑川!?」
「どんなことがあったって!必ず!先生を、また東高校に戻してみせます!」
むきになる私を、先生はふっと笑った。
「ありがとう、緑川。……でも、いいんだ」
先生は、びっくりするくらい清々しい笑みを浮かべている。
「どうして……」
「君達のことを最後まで見守れなかったこと、申し訳なく、残念に思う。……でも後悔はしていない。俺、今年度で東高校を辞めようと思ってたから」
びっくりして、また声が出なくなってしまった。
どうして。先生、最初から東高校を辞めるつもりだったの?
あんなに教育熱心で、授業だって、いつも心から楽しそうに指導してくれていたのに。
「先生も、新しい夢を見つけたから」
「……先生の、夢ですか?」
「ああ」
子供みたいに目をキラキラと輝かせながら、先生は言った。
「それは____」
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