プロローグ

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「新見さん。新見所長いらっしゃいますか?」  玄関に入るなり莉緒は大声で叫んだ。ドキドキして呼吸が苦しい。  廊下の右手にあるドアの向こうから近づいてくる足音が聞こえ、莉緒は期待する半面、逃げ道は大丈夫だろうかと後ろを振り返って確認した。  ガチャっとドアが開く。覗いたのは、莉緒と一緒に研究技術の最終テストをしている男性だった。 「ああ、莉緒さん大変です。新見所長がどこにも見当たらないんです。来客があるから自分の部屋で待機しているように言われて待っていたのですが、争い声と物音がして、今見たら所長が‥‥‥」 「牧田さん、落ち着いて。誰の顔も見なかったの?」 「はい。見ていません。今朝莉緒さんから買い物を頼まれた時に、新見所長に外出許可を申し出たら、私は今、他人に知られてはいけないテストの最中だからという理由で、人と接触することや外出を禁止されました。それで今回も物音は気になりましたが、自分の部屋から出なかったのです」  規則を知っていたはずなのに、無理なオーダーをだしたのはあなたですよねとでもいうように、いかにも不満気な顔を向けられると、莉緒は自分の無茶な頼みを思い出して恥ずかしくなった。  悪かったと思ってすぐに謝ったのだが、牧田にはわがまま娘だとインプットされたようだ。心象をよくするためには今後の努力が必要だろう。  分かったと頷いた莉緒は、玄関のドアを素手で触らないようTシャツの裾で持って閉めた後、兄の羽柴拓己に電話をかけた。 「お兄ちゃん、大変なの。新見所長が誰かにさらわれちゃった。どうしよう。警察に電話しても大丈夫?あっ、家の中の電話が鳴ってる。ええ、分かった。このまま出るわね」  廊下を走って、突き当りのキッチンに入り、向かい合ったダイニングに置いてある電話機の番号表示画面を見た。  思った通り四角いスクリーンには、非通知の三文字が大きく表示されている。  覚悟を決めて鳴りやまない電話の受話器に手をかけたとき、玄関の扉が開く音がして、誰かが廊下を歩いてくる足音が聞こえた。  莉緒は電話台に置いてあるペン立ての中からハサミを掴み、キッチンのドアが開くと同時に投げつけた。
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