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羽柴莉緒
ピーッ
網膜認証システムが作動して、エントランスの特殊ガラスの扉がスライドした。
開き切るのを待ちきれない莉緒が、身体を斜めにしてヒューマノイド・テクノロジー・ラボの中に滑り込り込み、リノリウムの廊下を蹴る。
「できた!できた!アンディーができた!」
廊下に人影がないのをいいことに、莉緒は膨れ上がった喜びを抑えきれず叫んだ。
大学にいるときには、無地のシャツにGパンと飾り気のない恰好だけれど、今日は特別な日なのでセールで買ったワンピースを着てきた。走ると脚にまとわりつく裾が煩わしいのは、我慢、我慢。
おしゃれというよりも、切るのが面倒くさくて背中まで伸びてしまった髪が背中でなびく。莉緒はスニーカーのゴム底をキュキュット鳴らしながら走った。今は一秒だって無駄にしたくない。
IT企業を営む兄の羽柴拓己が、出資しているベンチャー企業の研究所は街はずれにある。
いつもは電車を乗り継いで研究所に向かう時間を、小旅行のように感じるのだが、今日は頭の中がアンディーの完成はもちろんのこと、お目当てのもう一人の男性のことで占められいて、景色を楽しむ余裕もなかった。
H・T・Lの所長は兄の親友で、兄とは同じ歳の三十二歳。莉緒より十四歳年上の新見研二という天才科学者だ。
頭脳だけでなく、フレームレスの眼鏡をかけた眉目秀麗な容姿は、十歳の時に会って以来、莉緒の心をがっちり掴んで離さずにいる。
新見に憧れるあまり莉緒はがむしゃらに勉強をして飛び級を重ね、何とか十六歳で彼が教える大学に入ることに成功した。
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