<1・導入>

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 ***  木島早苗(きじまさなえ)は現在、夫と二人暮らしである。結婚したのは早かったが、子供が一向にできる気配がないのはひとえに早苗に覚悟ができなかったからというのが大きい。夫の絢斗(けんと)は、金銭面は自分がなんとかしてくれると言っているし、早苗もパートで働いてきたこともあってお金にはさほど困っていないからだ。  迷っているというのは純粋に、親になる覚悟が自分に持てるかどうか、ということ。昔からあまり小さな子供が好きではなく、自分のためだけに自由気ままに生きてきた自覚があるからこそである。  子供は、ペットではない。否、ペットでとて飼うのには大きな責任が伴うのが当然だ。自分のことで精一杯、子供の頃は金魚の世話さえ親に任せっきりだった自分に、果たして人間の子供を育てるなんてことができるだろうか。  もっと言えば、子供を産むにあたる数々の苦労話も耳にしてきてしまっている。悪阻は凄まじく辛いそうだし、出産の苦しみに至ってはそれどころではないとも聞く。正直に言って怖い、と思うのは仕方ないことではなかろうか。 『子供が欲しくないわけじゃないの。自分が恵まれた家庭にいた自覚はあるし……あんな風にあったかい家庭を築いていけたらいいなっていうのも思うのは確かで。でも……そんなぼんやりした気持ちで、子供を作っていいとも思えなくて』  プロポーズされた時、絢斗には正直に打ち明けたのである。彼ができれば子供が欲しいと願っていたことを知っていたからだ。  早苗とは違って、彼の家庭環境ははお世辞にも良好とは言えないものだった。両親が毎日のように喧嘩する上、柄の悪そうな人が何人も出入りしたり、父親が浮気をして女を連れこむなんてこともしょっちゅうだっともいう。
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