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そう、元々はどちらも大人しかったとはいえ――絢斗と早苗は根本的に違っていたのだ。臆病で友達を作るのが下手なだけ、小説もお遊び程度の早苗にとって、彼はある意味憧れであり、違う世界の住人であったのだから。
そんな彼と、今では結婚して一緒に住んでいるのだから――人生とは、わからないものである。
「お誕生日おめでとう、絢斗さん」
「お、ありがと!ハンバーグ作ってくれたんだ!」
その日は、絢斗の誕生日だった。彼が大好きなハンバーグを作って待っていると、彼は子供のように顔を綻ばせて喜んでくれた。難しい料理や高級レストランで出てくるような料理より、彼は子供が好むようなハンバーグやカレー、麻婆豆腐を好きだと言った。早苗にはよくわからないが、作る人間によって全然違う味がするという。早苗が作ると早苗だけの味がするから好きなんだよな!なんてはずかしがる素振りもなしに言ってくれる彼は――とんだ人タラシではなかろうか。それだけで、パートの疲れも日頃の悩みも吹き飛んでしまうのだから。
「今日のお弁当もありがとね」
絢斗の良いところの一つは、とにかくお礼を言うのを欠かさないでくれることだ。食卓でハンバーグを楽しみながらも、今日作ったお弁当についても話を向けてくれる。
「やっぱ俺、早苗の卵焼きが一番好きだなーって思う。甘過ぎずしょっぱすぎず。あ、あとほうれん草の御浸しも好きなんだよなー」
「褒めすぎ褒めすぎ。ハンバーグはどう?いつもよりちょっと分厚くなっちゃって、火が通ってるか不安なんだけど……」
「問題なし!美味しいよ!」
「良かった!」
結婚して既に何年も過ぎているのに、なんだかお前らはいつまでも新婚ホヤホヤの空気だよなー、と言ったのは絢斗の兄だっただろうか。正直、早苗もそう思っている。自分がどこまで妻として頑張れているかはわからないが、優しい夫に親切な親戚、馴染んだ地元で毎日笑顔で過ごせる生活は貴重なものだ。
これから先、子供を作ることがあるかどうかはわからない。ただ、子供がいてもいなくても、自分達の幸せは揺らがないはずだと信じた。
そう、この時の早苗は、心の底から信じていたのだ。
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