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<2・常連>
早苗は現在、近隣のカフェでパートをしている。
大学時代から絢人と付き合い始め、結婚を見据えていたということもあり、最初から正社員でどこかに就職するということをしなかったためだ。同時に、今のカフェ“モッコ”での仕事がなかなか楽しく、居心地良かったというのもある。
「店長ー!コーヒー二つとチーズケーキ二つで!」
「はいよ」
茶色を基調とした落ち着いた店内は、あちこちに店長の趣味であるサボテンが飾られている。サボテンは砂漠に咲いているだけあって、さほど水をあげなくても育つのが有りがたいと言っていた。カウンター席の端にちんまりと鎮座している丸いサボテンのことを、早苗はひそかに“モコモコちゃん”と呼んで可愛がっていたりする。トゲがふわふわでとても癒される見た目をしているからだ。
午前十時から午後十六時までが基本、週四日のゆるいパートである。時期にもよるが、軽食とコーヒーくらいの小さなカフェということもあってさほど忙しくなることもない。そんな仕事でも時給はそれなり。何より新人への教育は徹底して行ってくれる有りがたい職場だ。一番最初に雇われた時も、いきなりホール係に入れないで先輩のサポートの回してくれたのは本当に有りがたかったと思う。なんせ、早苗は大学時代に殆どアルバイトというものをしたことがなく、接客経験皆無に等しかったからだ。お客さん相手に派手な失敗をするわけにもいかない。先輩の様子をしっかり見せる時間を貰えなければ、きっとテンパってしまってどうにもならなかったことだろう。
店長の小暮槇矢は、いかにも喫茶店のマスターといった雰囲気のちょび髭に丸眼鏡のおじさんである。早苗がモッコでアルバイトを始めてから何一つ容姿が変わっていない。男性は髭のあるなしで大きく外見年齢が変わってくるものである。実はものすごく若いなんてこともあるかもしれない、と疑っている早苗だった。いつもはきはきと喋って明るく、ユーモアも兼ね備えている。人格的に見れば、それこそ四十代以上の落ち着いた大人と言われても納得できてしまうのだけれど。
「あ、これマジで美味しい!」
早苗がチーズケーキを運んでいくと、二人連れの女性客のうち片方がすぐに歓声を上げた。以前は喫煙席もあったこのカフェだが、条例改正に伴い考えた末全席禁煙にしたのである。その結果、やや年配男性の客足が遠のいた反面、若い女性客や家族連れが来てくれる頻度が増えたように思う。
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