<2・常連>

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 大変な思いをして店中を丁寧に掃除しまくった甲斐があった、と心の中でほろりと涙を流した早苗だった。タバコというものは誰も吸っていなくてもその場に弊害が残っているものなのである。  空気の問題だけではない。煙による汚れが、いたるところにこびりついてしまうのだ。座席を分けていたものの、完全な分煙が不可能な構造であったため全席禁煙に切り替えた店である。煙は、実際禁煙席にも多少入ってきていた。結果喫煙席付近ほどではなくても、禁煙席のあたりもかなりタールで汚れているところが多かったのである。  あの、拭いても拭いても雑巾が黄色になる、という現象は二度と御免こうむりたいものだと思う。気にしない人は気にしないのかもしれないが、早苗は実家の家族も夫も誰ひとりタバコを吸わない環境で生きてきた人間だ。仕事でもなければ、好んでタバコやタバコを吸う人の傍に近づきたくなどないというのが本心なのだった。  そして、喫煙者に世知辛い世の中になったのもあり、タバコを吸う人間そのものが減っているのも事実である。特に、昔のようにタバコもくもくの環境に子供を平気で連れ込みたいと思う大人は減っていることだろう。禁煙にしたことで、非喫煙者、特に家族連れが来るようになったのは良い風潮であるとも思う。――個人的には、タバコの煙があると料理もコーヒーも味が鈍ってしまうから余計良かったのでは、とも考えていたりする。 「このチーズケーキ、期間限定って書いてあったけど、いつまでですか?」  ケーキを気に入ってくれたらしい女性が、キラキラした眼で早苗に尋ねてくる。おっとり大人しい性格が見た目にも出ているのか、ホール業務をやっていると他の店員以上にお客さんに話しかけられることが多い早苗だ。最初はドギマギしていたものの、さすがに何年も過ぎれば慣れてくるというものである。  こんなこと言ってはなんだが、全席禁煙にしてから荒い客が減ったからというのもある。 「今のところは、今月いっぱいですね。あ、でももし人気が出たら、店長がはりきっちゃって期間限定メニューじゃなくなるかもしれません!気に入って下さったのでしたら、是非たくさん食べて店長を調子に乗らせてあげてください」 「あはは、じゃあ調子乗らせちゃおうかな!後でもう一個頼むー!」 「ケーキおかわりとか!カナエの胃袋どうなってんの?お昼ご飯食べてそんなに時間過ぎてないのに」 「甘いものは別腹なのっ!」
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