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お客さんが笑顔になってくれるのを見るのは、早苗としても嬉しい。ごゆっくりどうぞ、とおじぎをしてその場を離れると、ちょいちょい、とカウンター席から手招きされた。常連の男性客だ。煙草が吸えない店になっても、この店のコーヒーが好きだからと通ってくれるありがたいお客さんである。
「早苗ちゃん、テレビつけてよ。ワイドショー見たい」
「あ、大変失礼しました!今つけますね!」
この小さなカフェには、天井近くの場所にテレビが据え付けられている。カウンター席に座る人からはちょうどよく見える位置だ。そういえば今日は付け忘れていたな、と慌てて早苗はリモコンを取りに行く。
電源を入れると、クジテレビのワイドショー“突撃!芸能リポート!”がやっている時間だった。平日十時以降のテレビをリアルタイムで見られる人間はさほど多くはない。見るのは主婦層か高齢者層、もしくは深夜などに仕事していてこの時間休んでいるシフト制の仕事をしている人間が主といったところだろう。必然的に、主婦や高齢者が好むようなスキャンダル系のニュースを取り扱っていることが少なくない。
今も丁度、芸能人の不倫騒動について取り上げているところであったようだ。某若手俳優が、ベテランで既婚者の女優と不倫をしていたらしい――ということを、それはそれは大袈裟に女性タレントが説明している。
「これはなあ。相手が結婚してることを知らなかったっていうなら、俳優のボーズはちょいと気の毒だけどよ」
常連客の男性が、呆れたように感想を述べる。
「女優さんは、何で稼ぎの良い旦那がいるのに不倫なんかすんのかねえ。ホテルから出てくるとこ、ばっちり撮られちまって。主演映画決まってたのにどうするんだよ、ヘタしたら降ろされるぞ?黒島監督のトコの映画なのに、もったいねえ」
「そうですね。相手の男の子も……確か次の次の大河の主役が決まっていたと聞きますし、大丈夫なんでしょうか」
「大丈夫じゃねぇだろ。世間は不倫に厳しいからなあ。昔なら多少大目に見て貰えたことでも、今じゃ蜂の巣つっついたごとく大騒ぎってなもんだ。怖い世の中だなとは思うが、その怖い世の中を一番実感してるのは常日頃からメディア露出してる芸能人だろ?それがわかってて、なんで馬鹿すっかねえ」
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