<2・常連>

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 そういう貴方の素行もあんま褒められたものじゃなかったと思うんですけどね、とは心の中だけで。早苗は知っている。この男性客が、昔は結構やんちゃしていてカミさんに叱られていてさあ!という武勇伝を酔って話しているところを散々聞いてきたからである。やれ残業と嘘ついて同僚としっぽりしただの、居酒屋で可愛い店員にチューをして修羅場になりかけた、だの。はっきり言って、人の浮気をどうこう咎められるほど清廉潔白な恋愛などしていないだろう。  だが、不思議なことにこの手のタイプは、“自分が浮気するのはいいけど相手はダメ”なんてことを平然と思って口にしていたりするのだ。全部の男性がそうとは言わないが、一部の男性はそれこそ“俺が浮気してもいいが、妻がやっていたら絶対許さない”がごくごく当たり前だと思っていたりもする。比較的高齢な男性にちょこちょこ見られる傾向だった。昔ながらの男尊女卑的考えの名残でもあるのかもしれない。 ――まあ、そんなこと死んでも口にしないけど。お客さんだし。  そうですねえ、とあいまいに笑って相槌を打つ早苗。店があまり混んでいない状況なら、こうしてお客さんとのお喋りに付き合うのも店員の仕事である。 「俺はずっと不思議だったんだよな。人は、何で不倫をするのか?」  機嫌を良くしたのか、男性は話を続ける。 「だってよ、相手が世界でたった一人の運命の恋人だと思ったからこそ結婚するもんだろ?昔はお見合いもあっただろうが、今の日本は大半が恋愛結婚だ。相手が大事で、その相手とあったかい家庭を築いていきたいとか未来を夢見て結婚したのに……なんで不倫なんかするんだろうな。他の男や女に目移りしたってことだし、何よりバレたら大事な大事な家庭とやらを壊すことは明白だろうがよ」  何やら、突然真面目なことを言い出す彼。早苗は返答に困って、うーん、と首を傾げてみせた。 「私にはわかりかねます。不倫したいと思ったことはないので。……山本さんはどうなんです?」  この切り替えしは意地悪だっただろうか、と言ってしまってから思った。これではまるで“貴方も散々浮気をしてきたでしょ?”と当て擦っているようなものだ。  が、幸いにして男性・山本はさほど不愉快に感じた様子もなく、そうなんだよなあ、と頷いている。
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