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「本日はお疲れ様です。また連絡します」と言って、行きつけの飲み屋で初対面の意気投合した人と別れて帰路についた。
彼の名前は「木島慶治」もうすぐ60歳になる「アラカン」のサラリーマン。
週に2日前後一人で飲みにいっている。とは言っても軽くひっかけて、家に帰っても夕食は食べる愛妻家。社交的な性格で初対面でも話かけ、後でSNSにて友達リクエストをしている。
帰りの電車で「早川 中(あたる)」という名をスマフォで探していた。しかし中々見つからない。姓名が逆の「中 早川」で検索し見つけた。
よくあるパターンと思いながら友達リクエストをしたが、間違えて「中岡 早紀」という人にもリクエストをした。
翌日、早紀がSNSを立ち上げると「えっ!」と感じた。実は早紀と慶治は高校の同級生だった。卒業後二人は会うこともなく、別々の道を歩いている。お互い既婚なので早紀の現姓は慶治には知りえない。プロフィールの写真は若干の面影があったので「ストーカーされているのでは」と感じてしまった。
早紀の慶治の印象は「内気・真面目・優しい」が、気難しい点があった。半面早紀の事を擁護していた。
同時にビターな思い出が早紀の脳裏をよぎった。
数日後、慶治へ友達承認がSNSに届いた。
早紀は「人違い」かの確認のためメッセージを添えた。
「旧姓は『小久保』と言います。高校時代の同級生が同姓同名なので念のため承認しました。決して若い女性ではありませんので、人違いでしたらそのまま退出して下さい。木島君でしたら何らかのキーワードをお願いします」
慶治から思えば、寝耳に水であった。リクエストした事を全く覚えていない。「小久保早紀」と心に念じて振り返る。
早紀の印象は「おしゃべりで、明るい子」だった。当時、内気だった慶治も話易かった。
髪型は「ショートカットのストレート」。当時どこにでもいる女子高生。
遠い記憶の出来事がノスタルジアとして現れる。ビターな場面に早紀が多く出演する。両手でも数えられない後悔の念が慶治を襲う。
どのように応えるかを慶治は悩んだ。早紀の文面には「人違いなら終息させたい」か「亡霊のように現れないで」と感じた。
数日間返信内容を考え、次の返信をした。
「このまま人違いのふりをしてもよかったのですが、これ以上後悔したくないので、正直に返信します。
中岡(小久保)早紀さん。いや『ソーちゃん』
君に届くとは思わなかった。実は他の人と間違えて友達リクエストを出してしまいました。ごめんなさい。
忘却の彼方にあったあの頃を思い出すと、君へのしくじり話ばかりがよぎってしまいました。
もしかしたら『気にしていないよ』で笑って返してくれるかもしれませんが、10代のおバカな少年が清純な少女の心を傷つけた事実は消せません。
『お互い共有している事』『僕が一方的に気にしている事』『君が気にしていたが、僕は気にしていない事』の内、最後が一番多いかもしれません。目の前で土下座したい位です。
とはいえソーちゃんは現在幸せな生活を送っていると感じました。そこへ土足で入り込みたくないです。
僕は20代後半で結婚し、現在は都内に住んで、2人の娘がいる女系家族です。二人とも一人暮らしをして金欠になると漁りにきます。
また連絡が取れれば幸いです」
慶治が「僕」という言葉をつかったのは、10代の時以来である。
早紀は返信を期待していなかった。数日の時間が「人違い」か「ナンパ目的でうやむやになる」早紀の思っている慶治だとすぐに返事がくると思っていた。
「ソーちゃん」と、数日後の時間が一気に距離を縮めた。慶治が既婚で「間違えて繋がった」事を確認した。
早紀は「10代の頃の気持ち」と「現在の生活を変えたくない気持ち」が交差する。これは慶治も同様に思っている事を感じた。
早紀のバリアは「二人で会わない事」である。会ってしまったら、現在の生活に一石を投じて大きな波紋が広がるのと、現在の姿を見せたくなかった。
翌日早紀は返信を出した。
「『けい君』お久しぶりです。『ソーちゃん』と言われたのは、何十年ぶりです。リクエストを間違えるなんて、相変わらずあわてんぼうですね。年を取っても変わらないというより、ひどくなったんじゃない?
でも、繋がったのはびっくりしました。けい君も幸せに暮らしているようで何よりです。
私も20代半ばで同級生の中岡悟と結婚し、都内に住んでます。子供は二人いて、男の子ですが、二人共結婚して孫がいます。
けい君は気難しいそうで、心を閉ざしている印象がありました。
でも何となく面白い点もあったので、心を開いてほしかった事を想い出します。では、ごきげんよう」
「ごきげんよう」に「積極的に連絡を取りたいとは思わないが、連絡してくれれば、返信はする」という早紀の心情がある。
早紀の言葉を噛みしめながら、翌日慶治は返信した。
「『けい君』。数十年の時間が逆戻りした言葉ですね。中岡悟君と結婚したんだ。実は彼の事はよく覚えていません。ごめんなさい。でも、孫もいて幸せそうですね。
>相変わらずあわてんぼう
確かに変わっていません。学習しないおバカですね。でもソーちゃんと連絡取れたのは、僕には幸運ですが、ソーちゃんには災難かな?
お詫びに最近の家族写真を送ります。全員揃う事はめっきり減りましたが、比較的最近のものです」
スマフォで撮った家族写真を合わせて送信した。
30分後に早紀から返信が来た。
「家族写真ありがとうございます。お嬢様可愛いですね! 『ウチの息子に』と言いたいですが、二人とも既婚なので『もっと前に誤送信してくれれば』(^.^)。私も女の子欲しかったな~。
奥様は私より何十倍美人で羨ましく思います。私の姿はSNSにも写真を公開していない通り、とても見せられません。けい君には今の老婆の姿ではなく10代のイメージでいさせて下さい。
お礼に孫の写真を送ります。」
慶治は早紀のリップサービスで書いてあることを感じた。一方で早紀との距離感が徐々に縮まっている事も確証した。
「もし時間が取れるようでしたら、今からチャットしません?」
早紀は少し迷ったが「いいわよ」と応えた。
慶治はSNSのチャットシステムに入れ替えて、早紀宛にチャットをはじめた。二人ともティータイムをくつろいでいた。といいながらも慶治はチャットは好きではなかった。「回答の待ち時間が不安で、特に短い回答で長い時間がかかると、言葉を選んでいるように感じる」からである。
慶治「初めに、お孫さんの写真ありがとう。ソーちゃんに似て将来は美人になりますね」
早紀「いやいや。私に似ないで美人になります。けい君も口が上手になりましたね」
慶治「いや、昔は言えなかった事を言えるようになっただけです」
早紀「ありがとう。そういえば以前から聞きたかった事があります。気を悪くしたら、ごめんなさい」
慶治「何ですか? 今だったら言える事かもしれませんが、ソーちゃんへのしくじり話?」
早紀「チコちゃん事件についてです」
チコちゃん事件。慶治にとって最大の汚点の話であった。内容は至って簡単。「チコちゃんこと、上島智子(うえしまさとこ)に慶治がフラれた」だけの話だが、多くの人が知ることになり、尾ひれ背びれが付き、影口を言われるようになった。
早紀からも言われた事が慶治にはショックだった。続きが書かれる時間が長く感じた。
早紀「とは言っても、真相なんかどうでもいいです。今更人の失恋話を掘り起こす気はありません。チコちゃんを選んだけい君の心理が知りたいです」
慶治「ソーちゃんにまでチコちゃん事件が伝わっていたのですね。実は、僕もあまり接点ないなぜチコちゃんをなぜ選んだかは今思うと謎です。
あの時は何をやってもうまくできないで、気持ちがボロボロになって精神的にボロボロになっていたと思います。その時に控え目で内気なチコちゃんが可愛く思えたのかもしれません。
そのチコちゃんだって本人ではなく、『自分の幻想のチコちゃん』だと思います。今考えてもフラれて当然の話ですが、それがいろんな人に波及して、自分の知らないところで誇張されて、多くの人に不信感を持ちました」
慶治は一旦落ち着かせて続きを書こうとしていた。早紀に対して「自分が負わされている責任」と感じていた。
慶治「身から出た錆とはいえ、その後、心を閉ざして…」
入力中に早紀から返信が届いた。
早紀「ごめんなさい。それ以上いいです。けい君も辛かったのですね。いやな事を思い出させてごめんなさい。チコちゃんに近い友達からはけい君の悪口を言っていたし、私もけい君の心は読めませんでした。それ以来けい君は心を閉ざしてしまった気がします」
慶治「うんうん。悪いのは僕なんです。未熟でおバカな少年でしたね。確かにそれ以降、ソーちゃんには塩対応をしていました。それがビターな思い出として残ってます」
早紀「私はそんなに気にしていないけど、どのような事はありました?」
慶治「僕が気にしているソーちゃんへの話は…」と15個程書いた。早紀と繋がった際、思い出してメモしておいた。
早紀「よくそこまで思い出してくれましたね!私半分しか覚えていないし、過剰にけい君が感じていた内容です。気にしていてくれてありがとう。残りの半分も今思うといい思い出じゃない。そんなに気にしなくていいわよ」
慶治「逆に、僕はあまり気にしていないが、ソーちゃんを傷つけた事が倍の30個以上あると思うので、ソーちゃんを傷つけた内容をお願いします」
早紀「はははは(大笑い)。まず30個もないし、私はそんなに執念深い女ではありません。あったかもしれませんが、全て時が解決した位のつまらない話しかないわよ」
早紀の脳裏に浮かんだビターな思い出はほとんどは慶治が書いていた。書いていないものもあったが、「今更」という思いと慶治がそれ以上に気にしていた事から早紀は気を遣った。
慶治も早紀の文面から彼女の優しさを感じている。
慶治「今だからいいますが笑って流して下さい。実は『ソーちゃんの事が好き』でした。とは言っても、『彼氏は彼女を幸せにする義務があり、彼女は彼氏によって幸せになる権利』があります。
今の自分からみても、おバカで努力もしない、背が低い事をコンプレックスにもっていたわがままで暗い少年が、ソーちゃんの彼氏になる資格などありません。その時言わないで最低ですね!おそらく言っても、ソーちゃんは上手な言葉で断ったと思うし、万が一彼女になってくれても、三か月で別れたと思います」
早紀「けい君ありがとう。実はうすうす感じてました。だからチコちゃん事件が奇妙に感じてました。けい君に対してどうだったかは『乙女心の秘め事』として下さい。
でもけい君は私を過大評価してます。私だって幼くて未熟な何も知らない少女でした。もしけい君の彼女にさせて頂いたとしても私のわがままで別れたかもしれませんし、それは誰もわかりません。そんなに卑屈にならなくてもいいです。
けい君は今まで結構苦労してきたのではないのかな。文面を読んでなんとなくわかります」
慶治「ついに言ってしまいました! ごめんなさい。以前は気に留めていましたが、忘れていたわだかまりを吐く事ができました」
早紀「私もけい君の本音を少しわかった気がします」
慶治「でもソーちゃんは今の生活は幸せですか?」
早紀「はい。とっても。けい君はどう?」
慶治「もちろん幸せです。お互い素敵なパートナーと出会い、幸せに暮らしているのでしたら、それで良かったのかもしれませんね」
早紀「はい。そうですね。けい君は素敵な奥様と美人のお嬢様に囲まれていて、ひしひしと感じます」
慶治「ウチのバカ娘は僕の知っているソーちゃんには劣ります」
早紀「いやいや。私なんか足元に及びません(^_^)。けい君お世辞を言わないで」
慶治「お世辞じゃないんだけど…」
早紀「私みたいなブスを推してくれてありがとう」
慶治「そう考えるソーちゃんの性格が可愛かった! 今もその性格が変わっていないのが嬉しいよ」
早紀「今更おばあちゃん口説いてどうするの? 何も出ないわよ」
慶治「つい本音がでてしまった」
早紀「けい君。本当にありがとう。久々に10代の気持ちに戻って書いてしまいました」
慶治「僕も10代に後悔した事を感じながら、バカ話をしてしまいました。今日は楽しかったです。またチャットして頂けます?」
早紀「はい。またやりましょう」
慶治「ではそれまで元気で。失礼します」
早紀「けい君も元気で。失礼します」
しかし、二度とチャットをすることはなかった。
チャットを終えて、二人とも過ぎ去った時間にビターな気持ちになっていた。
二人共「現在既婚で今の生活に満足している」事をわかっていた。
「今の生活を壊したくはない」のである。
早紀には「今の慶治があるのは、多くの経験をしてそれを肥しに結婚できたのであって、自分の事は蚊帳の外」と感じている。
慶治も「早紀が幸せと感じていればそれで満足」と思っていた。
全て仮定の話になるが、20代の時に偶然に会えたとしても、早紀は慶治には好意をもてなかった。
今の慶治には早紀は少し好意を感じているが、アラカンの二人が再開するには遅すぎた。二人の人生の歯車は完全に別々に組み込まれている。
その後、二人はメールアドレス交換をして、やり取りを行った。
ペースは週に数回程度。
内容は、お互いの家族の話や、旅行やおすすめの店などのごく普通の話。
ただ、書いている時は10代の気持ちになり、ティータイムを楽しんでいる。送信をクリックすると、現実に引きもどされ、ビターな感じになった。
早紀は髪型が変わった。パーマをかけていたがストレートにした。
周りの人には「ちょっとした気分の変化」と言っている。
慶治は外への飲みに行く回数も減った。週2回程度が月2回程度になった。
アラカンの二人共抑えているものがある。それは「SNSにある無料電話機能」
それを使えば相手の声は聞こえる。声を聞いてしまえば、会いたくなる衝動に駆られてしまうからである。
数か月続いたやり取り。ついに終焉が訪れた。
「ソーちゃん。いつもありがとう。しかし、君に悲しいお知らせをしなければならなくなりました。
先日人間ドックをうけました。なんとガンが発見されました。
どの部位でどのステージかはどうでもいいです。
『ガンができやすい体質』になった事が『生きている時間の期限』を決められたという事です。
その期限は10年後か5年後か3日後かはわかりません。ただ言える事は悪化した場合、写真で見せている様子とは異なり病院や街ですれ違っても気づかないかもしれません。
事実として、終活を迫られました。その一環でこのメールを最後に全てのアカウントを消去します。
僕は現実主義者なので『神のご加護』『死後の世界』『運命』といったものは一切信じません。出会いは単なる偶然だと思ってます。その偶然でチャンスを生かせるかどうかで人生を左右します。
10代のとりえのない未熟な少年が清純な少女に淡い想いをしても上手に活かせないために果てしない片想いをしました。といっても、活かせたとしても不幸な結末しかなかったかもしれません。
事実として『スイート&サワーな思い出』を『ビターな思い出』に置き換えてしまいました。
その後僕は多くの心の傷を負いながら成長して妻と会えたチャンスを活かして幸運を手にしました。
一方君は僕の成し得なかった『君が幸せになる権利』を達成できる人に巡り合えた。しかも近くに。
本当にありがとう。僕が間違えたリクエストに応えてくれて。そのチャンスを活かして、君が幸せである事実を知る事ができました。
僕がこの世に残してある後悔の念は山ほどありますが、その中の一つだけその後の事がわかったのは、安心して死への階段を昇れると思います。
最後になりましたが、本当に本当に本当に…ソーちゃんありがとう(涙ポロポロ)。
家族に悲しみを要求する権利はあっても、ソーちゃんを悲しませる権利はありません。いつも笑顔の似合う女性でいて下さい。そして、僕の分も長生きしていつまでも幸せな人生を送って下さい。
さようなら。ソーちゃん、いや小久保早紀様」
早紀はこのメールは一読後、スマフォ―を涙で濡らした。その後開くことはないまま保存している。
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