りす

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 幼稚園に入園した時には、すでにそれは私のものだった。 木彫りのリスの人形。  未熟児の私の手のひらでも握れるくらいのそれは、軽く茶色く、木目が肌に心地よかった。 「リスはしっぽが長くて、ふさふさしてるんだよ」 お人形遊びのとき、私がそれを「りす」と呼んだ時のことだった。  同い年の賢い彼女は、すこし厳しめの口調でそう言った。  ディズニーのしっぽの短いリスのキャラクターを少し現実的にしたその人形を、私は『りす』と呼んでいた。 そうか、これはリスではないのか。 「でも、りす」 頭蓋骨の二回りくらい小さい私には、そう言うのが精いっぱいだった。  これがリスでないのなら、いったい何なのだろう。  その疑問が出てきたのは、夕食が終わったころだった。 「ママ、これ何?」 私はりすを母に渡した。 「あ、懐かしい! これね、ママが子供のときからあったんだよ」 母は興奮気味に続ける。 「ママはね、小犬だと思って遊んでたな」 そうか、小犬なのか。 私は母からりすを取り上げ、よく観察した。  短いしっぽの小犬。    確かにそうも見える。 「母さんはこれ、何だと思う?」 風呂上がりの祖母に、母が尋ねた。  あらあら、と私の手からりすをつまみあげると、祖母は「まだこんなのあったのねぇ」と続ける。 「ばばにはねぇ、うりぼうに見える。ほら、干支のお人形じゃないかと思うの!」 祖母の目が光っている。 揺れた白髪から、シャンプーの香りのしずくが垂れた。 「干支のお人形か、確かに。あたしは小犬だと思ってたのよね。 あ、でも待って、うち亥年も戌年もいないじゃん」 母の言葉に、祖母は眉間に皺をよせた。  聞き流していたバラエティー番組のクレジットが煩い。 「ていうかこれ、どうしたの? どこかで買ったの? あたしが小さいころに家で見つけて、母さんにちょうだいって言ったらくれたのは覚えてるんだけど」 「そうねぇ」  頭上で母と祖母の議論が飛び交った。   しばらくそれを眺めていたが、結論も事実も出てこなかった。  若き日の祖母の鏡台に飾ってあったそれを、幼い母が欲しがったためあげた。   どうしてそれが祖母の鏡台にあったのかはわからない、ということだ。 「近くに住んでた木工所の職人さんか誰かにもらったのかねぇ」 祖母の皺の手から、りすが戻ってきた。 継ぎ目のない、一つの木塊から掘り出されたりす。  手垢のついたりすは、ほんのりと柔らかく心地よかった。
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