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花冷え。
月も花も白く燃える、冷たくて柔らかな夜。
学はないが、今日が美しい、とても良い夜なのだということは分かる。
これで少女がもうすこし大人だったのならば、月に花に美女と三拍子揃うのに。あとはなんだろう、酒か。
「ところで貴方は何してるの?」
「あんた、もう少し早く聞くようにした方がいいぞ」
俺が物盗りだったらどうする。
すると、少女は悲しそうに微笑んだ。
「構わん。ただ、ここには何もない。価値のあるものは、何も」
「あるだろ、ここに」
「どこ?」
「あんただよ、お姫様」
本当は一目見たときから気づいていた。
白く柔らかな寝巻き。何度も櫛削ったのであろう、細くて艶やかな髪。日の光を知らぬような柔肌。
庶民ではあり得ない容姿。大切に、珠のように育てられた、美しい子供。
口は悪いが、少女がどこぞの貴族のお姫様であることは、間違いなかった。
「私?」
己を指差して、きょとんとしている少女に、そうだと頷く。
「そう……」
「なんだよ」
少女は釈然としないような、神妙な顔をしている。
綺麗だの可愛いだの、そんなことは言われ慣れているだろうに。
「いや、端から見ると私はそういう評価なのだな、と」
何を当たり前なことを。
「ああ。人買いに売ったら相当な高値がつくぜ」
少し間があって、少女は眉をひそめた。
「貴方は私を拐かしに来たの?」
「いや、俺はただの宿無しだよ。幸いな」
少女は疑り深い目付きでこちらを見つめている。
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