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02
その零れた笑みを目の当たりにした瞬間、俺は、
「おお、彼女こそ、俺が探し求めていた理想の女性であり、彼女もまた、この俺を探し求めていたのだ! だってだって、さっきから俺のことをずっと好奇な目で見ているではないか! それは要するに、俺に一目惚れしたからに相違なく、その証拠に、はにかみつつも目線を逸らさず更に強いレーザービームをして見つめ続けているではないか! しかししかし、いかんいかん、俺は講師・先生という立場の人間であり、彼女は生徒という立場なのだ、この禁断の関係から逸脱し男と女の関係にでもなってみろ、それこそ地域のワライモノ、俺は社会的地位をカンタンに失うし、何よりこの子が可哀想だ、学校で後ろ指を指され、家に帰っても親から不束者とレッテルを貼られ、何よりも、おお、2人ともこの塾にいられなくなる、それにしても、ウルウルと湿っぽく、キラキラと何かを期待するその輝く眼(まなこ)は、本能的にどうすれば男が落ちるかを知っているかのように得も言われぬ視線を送ってくるゾ」
と、わずかゼロ・コンマ数秒間で、激しい妄想をし、独りで舞い上がってしまった。
しかるに、この日の授業は全くと言っていいほど成立しなかった。
授業というのは生徒にとっては学力を身に付ける場である。
そのために俺は毎回念入りにイメージトレーニングを行ってから臨んでいる。
授業というのは、俺にとって、言わばプレゼンテーションなのである。
とはいえ、相手は退屈しがちな子どもたちである。
だから、いきなり授業をし始めて一方的に講義を行って、まくしたてるように終わらせても、なんら良い結果は得られない。
そこで、最初は、生徒たちのコンディションあるいはモチベーションがどのくらいであるのか察知するために、世間話や怪談話をかませておくのが通例。
そして、漸く俺に生徒全員の意識が向いたなと思ったところで、
「ではテキストの何ページを開いてください」
と宣言し、本番の授業がスタートするのである。
だから、スタートが早いときもあれば授業の半分を使ってしまうときだってあるのである。
つまり、授業というのは、俺の調子ではなく生徒一人ひとりの調子に大きく依存する。
それがわかっていながら、一番やってはいけないことをこの日はしてしまった。
いきなり授業を始めてしまったのである。
もう後戻りはできない。
落ち着け、落ち着け、と、自分に言い聞かせれば聞かせるほど、暴走が止まらなかった。
前から二列目で相変わらず俺を見つめ続ける彼女。
それに気を取られて更にアクセルを踏む俺。
生徒たちは呆気に取られて俺の授業を傍観していたに違いない。
授業が終わった。
俺はクタクタになって教室を出た。
すると、「先生!」と背後から声が。
ビックリして振り向いた。
授業がわからないという苦情かと思ったのだ。
しかし違った。
またしても彼女だったのである。
今まで気付かなかったが、彼女は黄色のTシャツにストーンウォッシュのジーンズをはいていた。
身長が高く、俺が175cmだから、きっと165cm位だろうと思われた。
改めて彼女を見ると、髪の毛はショートカットにしていて、色白なのでソバカスが少し鼻の辺りに点在していた。
眼は、相変わらずウルウルしていて、キラキラしていた。
俺は自分の感情を悟られまいと、スッと視線を逸らして、
「ん?どうした?」
と、できるだけ余裕を感じさせる声色で返事を返したが、動揺が伝心したかもしれないと、内心穏やかでいられなかった。
でも、またウルウル、キラキラした眼を一瞬でも見ることができて、内心、俺はとても嬉しかった。
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