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04
「・・・下の名前、丈・・・」
ポーッと一気に、頭に血が上ってしまった。自分の一部を、敏感な一部を、あの子は知った。彼女は俺の名前をどうにかして入手したのだ。
いや、そこまで彼女は俺のことを想っている。好意を寄せている証拠である。そう思った瞬間、鳩尾の辺りがキュンとして、背筋の神経がピーンと張りつめた。
一方で、「姓は誰にでも知られてもいいが、下の名前だけはある一定の距離関係にある奴だけにしておきたい」という気持ちも持ち上がった。友人、恋人、家族。だって名は体を表すというではないか。姓は言わば名刺がわり。でも下の名はプライベイト。教え子とはいえ、それは金銭を媒介にしたお客様。
そのような距離感の人間に自分のプライベイトの一部へ侵入してほしくない。
おとなしく授業を聞いてくれりゃいいんだ。身なりや言動、その他多くの部分を晒け出す職業柄、知られたくない部分ってのはある。
だが、たいがいの生徒には後者の感情が打ち勝って一定距離の感覚で良好な関係を築いていけるのだが、今回はどうも様子がおかしい。前者の方が優っているのだ。
頭がポーで鳩尾がキュンで神経がピーンである。ああ、仕事にならん。
次の生徒の採点に移ろうか移るまいかちょっとだけ思案し、結局俺は、
「そうだよ、彩子ちゃん」
と赤ペンで書いてしまった。
やべ、書いちゃった。
どんな顔でこの答案用紙をあの子に返すんだ、俺。。。
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