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07
そのおかげで、寝ても覚めても、彼女を想うようになった。
クシャッと笑う彼女の顔が、何をしていても脳裏をかすめた。ほかの学年の授業中も、一日の授業が終わり残務をこなしている時も、電車の中でも、帰宅して灯りをつける前の暗闇でも、だらだらテレビを観ている時も、シャワーを浴びている時でも、寝る時も。
これは、いけないことだ。
彼女がそんな俺の複雑な想いを知ったら彼女は傷つく。それに、何よりも親御さんに申し訳ない。
しかしながら、どうせ彼女は俺を先生としてしか見ていないんだ。うん、そうそう。もとより、生徒との恋愛は御法度だ。忘れよう。明日から新年度の通常授業が始まるし。俺のクラスは上・中・下のなかで中のクラス。あの子はいくら通知票がオール3でも、小テストで全部満点だったのだから、上のクラスで習うのが当然。もう教えることもないだろう。
明日になった。
彼女は俺のクラスになった。
何かの間違いではないかと塾長に問い合わせたところ、
「いいえ、間違いではありません。玉城さんがあなたのクラスを希望したんです」
ええええ?!
塾というのは、対価の相手が人間なので、教える側と教わる側の相性というものが重要視される。でも、相性ばかりを優先していたら、収拾がつかなくなる。だから講師というのは、日頃から、万人受けするような立ち居振る舞いが求められる。
授業が分かり易く、万人に受け入れられる立ち居振る舞いが求められるのではあるが、不思議なことにそれでは子どもたちが飽きてしまったり、別の塾に移ってしまったり、そもそも授業が通り一辺倒になってしまう傾向があるので、講師には強烈な個性がないといけない。
これが厄介なのである。なにせ、万人に受け入れられつつも、強烈な個性を持つという、相反する資質と日々闘っているのが講師なのだ。もちろん、これには注意が必要で、ウケる生徒にはウケるが、その逆もあるから、トライアンドエラーを常に繰り返し自分のスタイルを磨き上げている。
だから、生徒から“ご指名”が入るのは闘ったご褒美として喜ばしいことなのだが、今度ばかりは。。。
ん? もしかしたら、彼女も俺のことが。。。
もしそうなら、これは相当ヤバい。御法度の領域だ。辞めることも覚悟しないと。。。
いやいや、そんな馬鹿な。。。
彼女が俺のクラスになることを知ったときは、強烈に嬉しかった。これ、俺の本能。
でも職業人として知ったとき、戸惑いが沸いてきたのも事実。
どうしよう。。。
(塾長は、この時、沢崎先生の顔に変化が生じていることを見逃してはいなかった)
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