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一
正面に座っている若頭が、ガラステーブルの上に茶色い紙袋を放り投げるように置いた。
「なんですか?」と赤銅は言った。
「まあ、見てみろ」
赤銅は紙袋の口を開いて、なかを覗いた。
拳銃が入っている。
それを見て、赤銅は一気に全身の毛が逆立った。
赤銅の所属する組織、侠正会は指定暴力団の三次団体。縄張りをめぐって、独立系団体の島田組と長く争っていた。つい先日、島田組の幹部が暗殺されるという事件があり、以来ふたつの組は全面戦争に入っている。
赤銅は若頭に拳銃を渡されて、『とうとう自分も鉄砲玉を命じられることになった』そう思った。
「誰を殺ればいいんですか?」
そう問うと、若頭は少し歯を食いしばるようにしぐさをして、
「早まるんじゃねえ。別の仕事だ?」と言った。
「別の? どういうことですか?」
若頭は赤銅から目を逸らせて、しばらく黙っていた。その時間は二分にも満たなかったはずだが、ずいぶん長く感じた。
「身代わりだ。それを持って、警察に身代わり出頭してもらいたい」
「え?」
あまりに想定外すぎることを言われて、赤銅は思考が停止してしまった。
かまわず、若頭は話を続ける。
「島田のとこのことは知ってるな? あれのタマを獲ったのが、うちの上の団体のえらい人なんだよ。知ってるだろ? 清田組の渡辺さん。渡辺さんは組の重要人物だから、この時期に捕まるわけにはいかない。だが、コロシともなれば警察のほうも黙ってるわけがない。だから、お前に替え玉で罪をかぶってもらいたいんだ」
赤銅はヤクザになって今年でちょうど十年になる。これまで街でクスリを売ったり、振り込め詐欺の電話をひたすら掛けたり、いろんなシノギをやってきた。真冬の海でウエットスーツを着て、アワビやサザエの密漁をしたこともある。
しかし、身代わり出頭を要求されるのは初めてだった。
「なぜ、俺なんですか?」赤銅は尋ねた。
「お前は、前科がないからな。組どうしの抗争のコロシだと、初犯ならせいぜい十年から十五年だ。お前は今年で三〇だから、四〇代のうちに出て来れるだろう」
赤銅が何も言わずにいると、
「もちろん、悪いようにはしない。出所後には、厚い待遇で迎えさせてもらう。お前にぜったい損はさせない」
赤銅はもう一度紙袋の中を見た。
「弾は入ってねえぞ」と若頭が言った。
赤銅は若頭に強い恩義を感じていた。
専門学校を卒業した後に就職した会社が、働き始めてわずに二週間後に倒産した。そんなに危機的な状況にありながら採用するなんて、無責任じゃないか。そう思ったが、どうにもならなかった。
赤銅は失業保険の受給資格を満たしていなかったので、会社の先輩たちを異なり、断崖絶壁から突き落とされたように困窮することとなった。
不況の真っただ中、社会人としての経験をほぼ全く積まないまま放り出された赤銅の仕事探しはまったくうまくいかなかった。
港湾での日雇いの仕事をしているときに、拾ってくれたのが若頭だった。
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