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二
長く一緒に暮らしている恋人の万智子は、身代わり出頭することに強行に反対した。
「なんでそんなことまでしなきゃいけないの!? ほかのことならともかく、殺人の身代わりなんて! 最悪の場合、死刑になるんだよ」
万智子の言うことはもっともだと思う。
しかし、今上部団体が不安定になることは、赤銅の所属する侠正会にも大きな不利益になる。
「もう、足を洗えばいいじゃない。そんなことに付き合う必要ないよ」万智子は言った。
しかし自分が身代わり出頭を拒否したところで、自分でない誰かがその役割を負うことになるだけだ。
自分の決意が変わらないことを告げると、万智子は、
「じゃあ、待ってるから、なるべく早く出てきてね」と涙を流して言った。
警察署に向かう日、子分の小堺が付き添ってくれた。
「もう、ここでいいよ」赤銅は小堺に言った。
警察署までは、あと五〇〇メートルほど。次の信号を左に曲がれば、到着する。そこで娑婆とはしばしの別れとなる。
「アニキ、本当に行くんですか?」小堺が言った。
「ああ、これも組織のためだ」
「でも……」
小堺が半泣きの歪んだ表情をしている。
「よくあることだろう。身代わりなんて」
「でも、アニキが犠牲にならなくても、いいじゃないっすか」
「今さら止めますとも言えんだろう。心配するな」
赤銅は小堺に持たせていた、拳銃の入った紙袋を奪い取るように手に取った。
「頼みがあるんだが」と赤銅は言った。
「なんすか?」
「万智子に伝えといてくれないか。『もう俺のことは忘れて、自分の幸せを見つけてくれ。面会にも来ないでくれ、来ても拒否する』って」
「え……、でも、それでいいんすか?」
「ああ。……しばらくアイツも苦労するかもしれないが、困ってそうだったら、お前が面倒見てやってくれ」
赤銅は警察署に向かって歩き始めた。
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