1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

 長く一緒に暮らしている恋人の万智子は、身代わり出頭することに強行に反対した。 「なんでそんなことまでしなきゃいけないの!? ほかのことならともかく、殺人の身代わりなんて! 最悪の場合、死刑になるんだよ」  万智子の言うことはもっともだと思う。  しかし、今上部団体が不安定になることは、赤銅の所属する侠正会にも大きな不利益になる。 「もう、足を洗えばいいじゃない。そんなことに付き合う必要ないよ」万智子は言った。  しかし自分が身代わり出頭を拒否したところで、自分でない誰かがその役割を負うことになるだけだ。  自分の決意が変わらないことを告げると、万智子は、 「じゃあ、待ってるから、なるべく早く出てきてね」と涙を流して言った。  警察署に向かう日、子分の小堺が付き添ってくれた。 「もう、ここでいいよ」赤銅は小堺に言った。  警察署までは、あと五〇〇メートルほど。次の信号を左に曲がれば、到着する。そこで娑婆とはしばしの別れとなる。 「アニキ、本当に行くんですか?」小堺が言った。 「ああ、これも組織のためだ」 「でも……」  小堺が半泣きの歪んだ表情をしている。 「よくあることだろう。身代わりなんて」 「でも、アニキが犠牲にならなくても、いいじゃないっすか」 「今さら止めますとも言えんだろう。心配するな」  赤銅は小堺に持たせていた、拳銃の入った紙袋を奪い取るように手に取った。 「頼みがあるんだが」と赤銅は言った。 「なんすか?」 「万智子に伝えといてくれないか。『もう俺のことは忘れて、自分の幸せを見つけてくれ。面会にも来ないでくれ、来ても拒否する』って」 「え……、でも、それでいいんすか?」 「ああ。……しばらくアイツも苦労するかもしれないが、困ってそうだったら、お前が面倒見てやってくれ」  赤銅は警察署に向かって歩き始めた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!