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 いかめしく錆びた刑務所の門扉を出ると、一台の普通車が停まっていて、ひとりの男が待っていた。 「お勤めご苦労様です。鈴木と言います。お迎えに上がりました」  鈴木と名乗ったその男は、まだ二十代半ばくらいだろうか。もちろん面識はない。  赤銅は振り向いて、それまで自分が入っていた刑務所の建物を見上げる。十二年の刑期を満期で終え、ようやく出てくることが叶った。  まだ中にいる同房だった面々のことを考えると、先に出ることに少し罪悪感のようなものを覚える。  鈴木が車のドアを開けたので、赤銅は後部座席に乗った。 「若頭から、事務所にお連れするように言われていますが、その前にお食事をなさいますか?」運転しながら鈴木が言った。 「いや、いい。そのまま事務所に行ってくれ」 「かしこまりました」  窓の外の風景を見ると、雰囲気が少し変わっている。十二年前に比べたらコンビニがずいぶん増えたな、などと思った。 「小堺は、どうしてる?」赤銅は鈴木に尋ねた。  出頭するときに見送りに来てくれた小堺が、迎えにも来てくれると思っていたが、そうはならなかったのが赤銅は意外だった。 「三年前に、足を洗われました」  赤銅はそれを聞いて、納得した。 「そうか、あいつはカタギになったか」 「ええ、役所前の銀行の裏のビルで、釜飯屋をやってるそうです。小さい店ですが、なかなか評判いいようですよ」 「へえ、あいつに店をできるほどの甲斐性があったのか」  事務所に入ると、若頭が立ち上がって近寄ってきた。若頭は白髪が増えているが、それ以外に変わりはない。 「よう、赤銅。お疲れ様。本当に、お疲れ様。長い間、辛かっただろう。本当に、ご苦労」  若頭は赤銅の肩を軽く二回叩いた。 「メシはまだ食ってないんだな?」  若頭はそう言って、若い者にビールを持って来いと大きな声で命令した。そして、 「おい、寿司の出前を取れ。特上十人前だ。早くしろ」と言った。  ひさしぶりに飲むアルコールは、一瞬で頭に回る。コップ一杯のビールで、赤銅はかなり酔ってしまった。  まもなくテーブルの上に並べられた寿司をつまんで、ようやく娑婆に戻ってきたという気持ちになった。  寿司を食い終わってから、 「これ、貰ってくれ」と若頭が紙袋を渡してきた。  なかをみると、札束が入っている。  手を突っ込んで取り出してみると、百万円の束が五つ入っていた。 「こんなに、貰ってもいいんですか?」 「ああ、手切れ金だ」 「え?」赤銅は絶句した。  かまわず若頭は話を続ける。 「足りないなら、言ってくれ。もっと出してもいい」 「どういうことですか?」 「お前が出頭した後、うちの上部団体と、島田組の組長が兄弟分の杯を交わしたのは、知ってるな? それで恨みっこなしの手打ちということになったんだ。だから、今うちと島田組は友好関係にある」  その話は知っていた。刑務所の中では、極力組織の情報には触れないようにしていた。しかし後から入ってきた受刑者に、そのへんの事情に詳しい者が何人かいたので、しぜんとそれなりに知ることになった。 「島田組の幹部を殺ったお前が、うちに出入りしたんじゃ、いろいろ具合の悪いことも出てくる。だから、控えてほしいんだ」若頭はそう言った。 「破門、ということですか?」 「うん、まあ……」若頭は言葉を濁した。  酔いが一気に醒める。 「それは、話が違うじゃないですか。何のために俺は身代わり出頭までしたんですか。納得できない」赤銅は若頭に詰め寄った。 「言いたいことはわかる。でも、組織を守るためだ。ここにきて、島田との関係を悪化させるわけにはいかないんだよ。わかってくれ」 「そもそも、相手の幹部を殺したのは俺じゃない。上の人でしょう。なんで俺がそんな扱いをされなきゃいけないんですか」 「カネなら出す。それで収めてくれ」  若頭は立ち上がって、部屋の隅にある金庫を開けた。そして札束をさらに三つ取り出して、それを赤銅の前に置いた。 「これから、いろいろと要る物も出てくるだろう。お前の新しい生活が、穏やかで平和なものになるよう、俺も願うよ」若頭が言った。
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