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六
アパートを借りるのも一苦労だった。身よりがいないので、保証人になってくれるような人物はいない。
破門されたとはいえ、つい最近まで裏社会の人間だった赤銅は、保証会社の審査を通ることはなかった。
ようやく築五十年を超えた木造の、風呂なしトイレ共同の四畳半一間を借りることができた。
最寄りの銭湯は、身体に墨が入っていることを理由に入湯を拒否されたので、近所のスポーツジムの会員になりそこのシャワー室で毎日身体を流している。
仕事など見つかるはずもない。昔と違って、今は反社会的勢力だった人間は、銀行口座すら作ることもできないのだ。
しかも、形式上は赤銅は殺人を犯した元受刑者ということになっている。世間からまともな扱いを受けるなど、期待できない。
若頭からもらった手切れ金を持って、毎日パチンコ屋やギャンブル場などに通う。
このカネが尽きたら、死のう。そんなことを考えていた。
日曜日の夕方、赤銅は競馬場にいた。
最終レースで、手堅く本命の馬連に五万円を賭けたが、ゴール直前に一番人気が落馬したため、大荒れとなった。
赤銅は外れた馬券を空に向かって放り投げた。
落馬した騎手は間もなく立ち上がった。
「さて、帰るか」独り言を言う。
競馬場の出口に向かってゆっくり歩いていると、
「ちょっと、あんた。赤銅さんじゃないか?」と背後から声を掛けられた。
振り向くと、中年の男がいる。
どこかで見たことある顔だと思い出そうとしたが、なかなか出て来ない。
「忘れたか? まあ無理もないか。俺、牟田だよ。お前の取り調べを担当した、牟田」
それを聞いて、赤銅は全て思い出した。
県警本部の取調室で、執拗に同じことを聞いてきた、あの警察官だ。
「どうも」
軽く頭を下げて、その場を去ろうとすると、牟田は、
「もう警察官は辞めたんだ。心配しなくても、逮捕したりはせんよ」と言った。
「そうですか」
「あんた、珍しい苗字だからな、強く印象に残ってるんだよ。……出所したんだな。ご苦労さん」
「ええ、おかげさまで」
牟田はずいぶん馴れ馴れしくしゃべりかけてくる。
「今日は、どうだ? 儲かったか?」と牟田は馬券の勝ち負けを尋ねてきた。
「いえ、それが、さっぱりで」
「さようか。俺はさっきの最終で万馬券当てたんだ。もしよかったら、一緒に飲みにいかないか? おごるぞ。出所祝いだ」
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