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七
牟田に、競馬場から少し離れたところにある居酒屋に、強引に連れて行かれた。
注文したビールがやって来ると、
「赤銅くんの出所を祝って、乾杯」などと、遠慮なしの大声で牟田は言った。
赤銅はジョッキに軽く口を付けた。
「何年入ってたんだ?」と牟田が尋ねた。
「十二年です」
「それは、ご苦労なことだ。たいへんだっただろう」
「ええ、まあ」
「あんた、身代わりだったんだろ?」
いきなりそう問われて、赤銅は心臓が止まりそうなほどドキリとした。
「わかってたんですか?」
「ああ。なんとなく、だけど。当時の課長とも、そういう話はしたんだが、『拳銃持って出頭してきた容疑者を釈放して、そいつがまた事件を起こしたら警察の面子が潰れる』ということでな。身代わりについてはあんまり追及しなかったんだよ。優しかっただろ、俺?」
赤銅は牟田に対して何かを言わなければならない気がした。しかし、何を言っていいかわからない。
赤銅は話題を変えることにした。
「どうして警察官を辞めたんですか?」
「クビになったんだよ」
「え?」
「しらねえか。そら、しらねえよな。だってあんた、刑務所にいたんだから。六年前、県警の備品購入の領収書を偽造して裏金を作ってたという事件が発覚して、なかなか大事になったんだぜ。カネはぜんぶ、領収書を偽造していた警察官が着服したということになったが、実は県警の幹部の飲み食いや接待費に使われてたんだよ」
「それって……?」
「正直に言って、それほど悪いことをしてるという自覚はなかった。だって、俺の前任者もずっと同じことやってたんだから、ただの事務仕事を引き継いだだけって感じだった。でもなあ、きちんと法律に違反はしてるんだよな。バレちゃった以上は、仕方ない」
「牟田さんひとりのせいにされたんですか?」
「そのとおり。キャリア組の幹部を巻き込むわけにはいかないってな。俺はもちろん懲戒免職処分で、監察に逮捕された。どう根回ししたのかは知らないけど、検察では起訴猶予になった。それがせめてもの情けのつもりだったんだろう」
牟田はビールのジョッキを干した。
「あんたは、どうしてるんだ。まだヤクザやってるのか?」
「いえ、それが……」
赤銅は出所後の出来事を正直に牟田に話した。
全て聞き終えると、牟田は、そうか、とつぶやいて、
「あんたも俺も、組織に切り捨てられたんだな」と言った。
二杯目のビールを注文して、あらためて乾杯した。
「もしかして、あんた組に復讐しようとか考えてるのか?」
「いいえ……。納得はできませんが、誰に対して怒りをぶつけていいのかもわからないんです」
「そうか、そうだよな」
牟田は刺身を突いていた箸を置いた。
「警察でもヤクザでも、組織なんてものはあっさり個人を切り捨てる。いや、むしろ、人を効率的に切り捨てるために、組織というのが構成されるんだろうな」
「牟田さんは、自分を切り捨てたやつらに復讐しようと思ったことはないんですか?」
「俺一人で何ができる? 相手は国家権力そのものだ。あっさり返り討ちにあって終わりだよ」
ふたりで二時間ほど、酒を飲んだ。
店から出ると、日が暮れてすっかり夜になっていた。
「あんた、元ヤクザだといろいろ困ってるだろう。今や、反社認定されると原付バイクすら買えない世の中だからな。何か、欲しいものはあるか?」
牟田にそう問われて、赤銅はしばらく考え込んだ。
そして、
「名誉」と答えた。
「めいよ?」
「せめて、名誉が欲しいです」
所属する組織のために身を捧げ、その結果が単なる厄介者扱いでは、あまりにむごすぎる。自分も、牟田も。赤銅はそう思った。
そして、この日本中、そういう思いをしている人間が、少なからずいるのだろう。
「そうだな、せめて、それだけは欲しいよな」
了
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