動じない兄と変態弟の攻防

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朱華は今年で32歳の壮年だ。7歳下の紫は修士課程を修めたから今年で新卒。元々頭が軽いのに、どうしても朱華と同じ大学に行きたいからと一浪した上に修士まで修めたのだから立派な子だと思う。思うのは身内の欲目ではないはずだ。 まあ、少しでも長く学生を続けて一緒に暮らしたいからと抗った結果なのを知っているから手放しに褒められないが。 「最近距離感バグってないか?」 「今更?」 今更か。いや、そんな気はしていた。 言葉を飲み込んで勝手に入って来た寝具から紫を蹴り落とす。床がドッと音を立てたが、受け身は取れたらしく悲鳴は上がらなかった。 「痛いなぁ、何で?」 「まさか勃起したもの下半身に擦り付けたことも含めて言う言葉がそれか?」 「いや違うからこれはあれ、宗教上の理由。宗教上実の兄に抜いてもらえって戒律あんの」 「一家全員禅宗だったろ確か」 「俺だけ改宗したんだよ」 「それ絶対邪神だろ」 会話をしながらも懲りずに登ってこようとする身体を蹴って遠ざけながら、広くもないシングルサイズのベッドの上を転がる。壁際に追いやられつつもどうにかもう一人寝転べそうなスペースが出来上がると、紫は嬉しそうに身を滑り込ませた。 「そうやって塩でも俺に甘いとこ、大好きだよ」 「お前執拗いんだよ……俺は早く寝たいんだ……」 「やっぱり兄貴に甘え来るなら眠る直前が一番だなぁ」 熱烈と形容するには緩く、優しげな抱擁と言うには暑苦しい腕が朱華の身体を閉じ込める。今夜は雨のせいか少し肌寒い。抵抗する理由が見つからず腕の中で大人しくする。 朱華はげんなりしていた。このまま何も起こらないのであれば、ゆっくりと眠りに落ちるつもりだったのだ。 「……おい。腰」 「えへ、わかる?」 「わかるじゃないだろう」 ぐりぐりと円を描くように腰を揺すられると、太ももに当たる違和感が一層強くなる。紫は勃起した性器を押し当てていた。それも治るのを待つのではなく、断続的に刺激を与えて気持ち良くなろうとしている。 心なしか、硬さは増している。 「……っ」 「はあー、はあー……すぅー……兄貴、可愛い、かわいい……っ」 「今のお前本気で気持ち悪いぞ」 スゥハァとにおいを嗅ぐな。 じっとりと嫌な汗が首を伝い、それを舐めるために唇が首筋に寄せられたのを察知して肘鉄を食らわせる。鳩尾の近くに決まったらしく「ヴッ!」と呻いたあと少しだけ大人しくなった。未だ勃ち上がったものは擦り付けられたままだが。 「抜くなら自分の部屋戻れ。俺のベッドを汚すことは許さん」 「兄貴のそばじゃないと抜けないんだよ」 「嘘にしたってもう少し気持ち悪くないやつにしろ」 「信じてよ兄貴……俺今までずっと勃たなくて……イライラするし辛くて……」 うっうっと声を漏らして腰を揺する。揺するな。 「今俺の手のひらにゴリッゴリに当ててるものの名前言ってみろ」 「勃っても出せなきゃインポだよ、ここまで硬くなったのも久しぶり。ねえ兄貴お願い、男なら辛いのわかるでしょ」 「おい待て待て腰に押し付けるな尻を割り開くな待って無理無理無理、やめ、やめろッ!」 「ガチで殴ることないじゃん……ちょっと出た……♡」 「お前じゃなきゃ殺してた……」 少しの間恐怖からカタカタを身体を震わせたが、興奮でヘコヘコと腰を揺らす紫を前にするとどうでもよくなった。呆れと言うか、こいつ何やってんだ?という身内への甘い態度が現れてしまう。仮にこれが友人であれば絶縁を前提に今すぐ家から蹴り出しているところだろうに。 とはいえ、それでも曖昧な拒否で済ませてこのまま寝ようとは思えなかった。眠いから早く寝たかったが、仕方ない。今日はとことん話し合うことに決めて朱華も身を起こし胡座を掻いた。お説教の体勢である。 「ベ、ベッドは汚しませんでした!」 伊達に兄弟はやっておらず、引き際を弁えた紫が兄の本気の怒りを感じ取ると襟を正した。屹立が濡れて色の変わった布地を引っ張って存在を主張する。目立つそこからそっと目を逸らした。 手のひらに感じたじっとりとした湿り気の意味を考えて、ため息を吐く。 「紫、お前最近どうしたんだ」 昔から慕ってくれていた自覚はある。それが可愛く思えて家族の中で一番甘やかしたのは朱華のほうだ。両親は兄も弟も分け隔てない態度で接してくれた。 朱華は紫が可愛い。だがそれは家族愛と呼ばれるもので、紫の持つ感情はその枠から明らかに外れている。どんなに目を瞑ったところで誤魔化せないほどに。 それでも誤魔化し目を瞑って生活してきた。紫がどんなに主張をしようと、それに朱華が応えないことで。それが出来なくなりつつあるのは、強引な紫が朱華の意志すら無視しているからだ。 「……兄貴が、何やっても俺を弟にしか見ないから」 「俺のせいにするなよ」 「けど、でも……じゃあ、いつまで俺は兄貴の弟でいればいいんだよ」 苦しげに吐き捨てられた言葉に瞠目する。 朱華は紫に弟以上の存在になることを望んでいない。紫は弟でいたくない。二人の主張は単純で、どうしても食い違う。その隔てを少しでも埋めて意見をすり合わせることでしか解決しないとしても、どちらも主張を曲げられないのだ。
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