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──ふと意識が浮上した。
男は息苦しさと眠りを妨げられた不快感から唸り声を上げ、その原因を手探りで探る。耳元に感じる荒い吐息、皮膚の上を滑る人の熱、曝け出された肌に感じる外気の冷たさ。昨晩は服を着て、自室にあるシングルサイズのベッドで眠りに就いたはずだ。勿論一人で。
身体の上にのし掛かる重たいものを感じながら「またか」と音もなく呟いた。僅かに動いた唇に反応するように何かが吸い付く。
「んっ……」
「は、はぁー、はぁ……っ、兄貴、可愛い……っ」
べろべろと犬のような動きで人の唇を濡らすその“何か”を叩き落とすため腕を振りかぶった。油断していたらしいそれが「ぎゃッ!」と悲鳴を上げて人の上から落ちる。やっと息苦しさから解放され、ついでに閉じていた瞳を開けた。
実を言うと、このときまではっきりとした意識がなかった。寝ぼけ眼で床に転がる男を見てため息を吐く。寝ぼけながらでも大の男を叩き落とせたのは、これが日常茶飯事だからだ。
「……おい紫、人が眠ってんの邪魔するなって教えたよな」
「だ、だって……兄貴が無防備に寝てるから悪いんだろ。俺の前なのに」
「いつお前の前で寝た、俺の部屋の中だ。お前が勝手に入ってきたんだろう」
弟の紫とは兄弟二人暮らしをしている。昔からどうにもブラコンの気があるな……と感じていたが、進学を理由に実家を出た朱華を追って家へと押しかけて来たときから確信に変わった。しかも、その拗らせ具合がブラコンの一言に収まらないどころか悪化の一途を辿っている。紫が二十歳の誕生日、酒を開けた勢いから押し倒されたのはなるべくしてなったとまで思ったものだ。
しかしこの朱華という男は名前とは正反対に何事にも動じない鉄の心を持っていた。朱華色という色褪せ易さと真逆の頑固者で、いつだって弟を払い退ける。頬を紅潮させ吐く息を荒くして馬乗りになる男の鼻っ柱を容赦なく裏拳で打ったあと、撃沈した紫を床に寝かせて自身は自室のベッドで眠りに就いたのだった。
この出来事が、紫を一層頑なにさせたことを朱華は知る由もない。
「同じ家に住んでるってだけで我慢できないよ。俺がどれほど兄貴のこと愛してるか、知ってるでしょ?」
「知らんな。世帯は分散させないほうが経済的だと両親を説き伏せて俺の許可なく上がり込んできた馬鹿弟のことなんて」
「謝ってんじゃん! いつまで根に持ってんの!」
「お前が卒業後は引っ越すって言ったから置いてやったのに未だ出て行かねえから真新しい怒りだ馬鹿!」
バシリかバコンか軽快な音を立てて強めに頭を叩く。紫が「あうっ」と声を上げた。率直に言って可愛くない。なにせ180近くまで縦に伸びた高身長の成人男性だ。朱華はその高身長よりも更に5センチほど高いけれど。
「今更兄貴と離れるなんて無理だよ……」
しょんぼりと肩を落とす弟が憎く思えないのは、結局朱華もブラコンと呼ばれる人たちの仲間だからだ。潤んだ瞳で見つめられると強く拒否ができない。勿論、紫がそれをわかった上でやっていることすら承知の上で。
「お前な……どうせ遅かれ早かれ別れは来るんだ。結婚とかどうする。男兄弟揃って独り身なんて親不孝にも程があるだろう」
「必ずしも結婚するべきなんて今時ウケないよ、その考え方。それに、だって俺、もう兄貴以外で射精できないのに」
ウケる、ウケないの話ではなく体裁の話だ。周囲のためではなく両親のために少しは考えろと言いたい。
7歳という歳の差に加えて生まれに昭和と平成という隔てがついたせいで、紫は悪意なく朱華を年寄り扱いする。紫本人にそのつもりはなくとも朱華はそう感じていた。
が、今はそれよりも後半の言葉に眉が上がる。少しだけ目を見開いたのは表情の変化が乏しい朱華最大の驚きの顔つきだった。
「兄貴のお陰でこうなってんだから責任取ってよ」
楽しげな声色は朱華の様子に気付いたが故だ。彼は何が起きても動じないけれど、情に訴えて圧を掛けられることに弱い。
「……わかった」
一瞬の逡巡を見せたあと口早にそう言うと、紫が反応するより先に柔らかな性器に手を伸ばす。寝巻きのスウェットの中へと手を突っ込むと紫が固まった。
「へっ!? あ、あに、兄……ア゛ッ!?」
「責任取って去勢代は俺が出すからな。実の兄相手に勃起するなんて辛かったろ、楽にしてやる」
その言葉ともに睾丸を握り潰す勢いで手に力を込た。どっぷりとした重みと張りのある二つの玉を握ると、指の股にみちみちと肉が溢れる。紫は「ア゛ガ……ッ」とア゛とオ゛が混ざった音を吐き出しながら倒れ込み、気絶した。
「……助かった」
事なきを得た。少なくとも朱華はそう認識している。そのまま布団を被り、気絶した紫にも肩まで布団を引っ張りかけてやってさっさと眠ってしまった。
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