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「カイ、セシルは……どうなったのですか」
「ん? ここだ、ここ」
そう言うと、カイは懐から小瓶を取り出す。中には、リスティリアから奪ったネックレスを入れていた。
「縛り付けるのに、因縁深い物が必要だったんでな。暫く貰っとくぞ」
血で汚れたそれを、小瓶の中で揺らす。
しっかり栓で蓋をされていて、今の所返すつもりがないらしい。
「この中で、眠っているのですか?」
「ひとまず落ち着いてる」
そうですか、とリスティリアは相槌を打つ。小瓶へと指を伸ばし側面を撫でると、ガラスの冷えた感触だけが伝わってきた。
リスティリアには、この中に彼の魂が入っていようと見つけられない。
「ずっと、傍にいてくれていたのね」
セシルの霊が近くに居なければ、仮契約はできなかっただろう。零れて落ちるだけだった小さな呟きを、まあなとぶっきらぼうな声が拾った。
「ずっとべったりだ。テメエが溺れかけた時も、メソメソ泣いてた時もな」
「そう言われると、恥ずかしいですね」
「突っ込むところそこかよ」
みっともなくドジを踏んだのも、子供のように泣いていたのも見られていたのかと思うと、照れ臭い。
恥じらっていると、彼は呆れ混じりの声で続ける。
「ストーカーみたいで怖くね?」
「変な言いがかりはよしてください、彼はずっと私を心配してくれていたんですから」
自分が情けない姿を晒し続けていたからこそ、優しい彼は気がかりであの世へ旅立てなかったのかもしれない。リスティリアが申し訳ない気持ちになっていると、盛大なため息が聞こえて来た。
「テメエさあ……美化しすぎっつーか、いい方向に信じすぎるっつーか、騙されやすそうっつーか」
「そ、そこまで毒づかなくてもいいじゃありませんか」
「悪いとは言ってねえよ。暫く苦労しそうだなって腹くくっただけだ」
「え?」
どういうことですと尋ねると、カイはほれ、と小瓶をこれ見よがしに目の前に突き付けた。セシルと仮契約を交わした証のそれを。
「契約した以上、消えるまで面倒見なきゃいけねえ。で、元カレはお前に大層ご執心なせいで、あんまり離れられねえんだわ」
仮契約じゃなけりゃなあ、カイはぼやく。言葉のわりに、本人はあまり気にしていない様子だった。どうやら仮契約というものは、かなり術者に制限がかかってしまうらしい。
「きちんとした契約にする事はできないのですか?」
「……まあ、無理とだけ言っておく」
確か契約とは、死者の願いを叶える代わりに力を貸してもらうものだったはずだ。ならば一体何が問題なのだろうかとリスティリアは首を傾げる。
(セシルが変なお願いをするとは思えないし、他に問題があるのかしら)
そもそも死霊術について知っているのは、カイの話した内容だけだ。自分が知り得ぬ制約が色々とあるのだろうと、リスティリアがひとまず納得している横で、カイは小さな声で何事かを吐き捨てた。
「……すなんざ、誰がするか」
「何か言いましたか?」
「いや、別に」
カイは小瓶を懐にしまい、誤魔化すように伸びをしてから痛みで顔をしかめた。積もる話は後だと言われ、ようやく今の状況を思い出した。
もっと聴きたいことは沢山あったが、二人とも重傷の身だ。体力がある内に避難所に向かうべきだろう。
数歩歩きだしてからよろめいた姿を見て、リスティリアは慌てて傍に寄る。
「肩をお貸ししましょうか」
「重体のヤツに頼るほどヤバくねえよ」
「貴方ほどじゃありません」
「へいへい、修道女サマはお優しいねえ」
気遣いを軽く流され、リスティリアはムッとする。こちらは本気で心配しているのに、普段のように茶化されたくはなかったのだ。
「そういう貴方こそ、いい加減人の名前をちゃんと呼んでください。これからも一緒に旅する仲でしょう?」
セシルを真の眠りに導くその時まで、彼は死霊術師としてリスティリアの傍にいるのだろう。もう暫く二人旅は続くのに、適当な呼ばれ方のままなのは不満だった。咄嗟の時にはきちんと名を呼んでくるので、妙な呼び方はわざとやっているに違いない。
リスティリアの指摘に、よろよろ歩きながらカイはこちらに向けて片手を振った。分かった分かった、といつもの調子で軽くあしらって。
「じゃ、もう暫くよろしくな、リズ」
すたすたと前を行く姿をよそに、リスティリアは足を止めて驚く。
数秒遅れてからようやく追いかけた。
「結局渾名じゃないですか!」
「別にいいだろ、本名長すぎて舌噛むわ」
追いつこうとすると、何故か更に歩く速度を速められる。
おかげでどんな表情を浮かべているか、もさもさの髪に隠れて窺えない。
ムキになって小走りで追いすがると、ローブ姿がしゃがみ込んでしまった。
いてえと小声で呟いているあたり、無理に身体を動かし過ぎて痛みがぶり返してきたのだろう。
「肩をお貸しします。いいですね?」
「あー……仕方ねえ、頼む」
ようやく折れて、渋々と了承される。身体をこちらにやや預け、情けねえなと呟く表情は、どこか照れ臭そうにも見えた。
「いいじゃないですか、別に。偶にはこちらに頼ってください」
今まで彼には沢山助けられたのだから、こういう時位は役に立ちたい。
今後も頼ることになるのだろうから。
セシルを救うには、リスティリアの鎮魂歌や祈りだけでは足りない。教会とは別の知識を有する彼の力を借りられれば、きっと現状を打開できるはずだ。
(もう少し待っていて、セシル)
リビングデッドやレギオンを思い起こし、今一度誓う。
彼をあのように哀しい化け物にしてはならない。
今度こそ自分が救ってみせるのだと。
温かな重みを感じながら、互いに傷だらけでゆっくり避難所へと向かう。
直接言葉に出すと茶化されそうだったから、リスティリアはそっと心の中で呟いた。
こちらこそ、これからよろしくお願いします、と。
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