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エピローグ
リスティリアの拒絶に、セシルは何かを考えるような仕草を見せる。ややあって、もしかしてと呟いた。
「この身体の男が気になる?」
「ちっ違うわ! そういうのじゃないの!」
ついムキになって強く言い返した。頬を僅かに赤らめたリスティリアを見て、ふうんと彼は拗ねたように口をとがらせる。
「君、僕とずっと一緒にいたいって言ったじゃないか」
「貴方こそ……こんなの貴方らしくないわ」
「そうかな?」
ええそうよ、とリスティリアは頷く。
困っている人には躊躇いなく手を差し伸べ、村の皆から慕われていた人格者。記憶の中の彼は優しくて、他者のために力を尽くせる人だった。
あの時リスティリアの手を離して、自分ひとり死ぬことを選んだように。
「私の好きな貴方は、誰かを犠牲にするような、酷い人ではないでしょう?」
その言葉に、セシルは虚を突かれたようだった。
軽く息を吐いてから、そうきたかあと苦笑いを浮かべる。
「参ったな、君には嫌われたくないや」
そう言うと、セシルはリスティリアの手を取った。
振り払う事すら忘れる自然な動作で、指先に軽く口づける。
「今回はここまでにしておくよ。またね、リスティ」
リスティリアが唖然としていると、目の前の身体がばったりと倒れた。そこでようやく我に返る。指先をもう片方の手で強く握りしめ、リスティリアは倒れ伏した身体へと恐る恐る近付いた。
「……カイ?」
ゆらり、と地面へ向けられていた顔が上を向く。それだけで、目の前にいる男が誰なのか確信する。二人はとても違っていたから、分かりやすかった。
幽鬼のような顔が、ぐしゃりと歪む。カイは身体を庇うように腕でかき抱き、四つん這いの状態で大声を上げた。
「いってええええーー!」
あまりの大声に、先程まで抱えていた様々な感情が束の間吹き飛ぶ。
リスティリアが我に返るまで、威勢のいい悲鳴と文句がひっきりなしに続いていた。
「滅茶苦茶痛えな!? 傷増えすぎだろーが!」
「か、カイ、大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけあるか重傷だっつの!」
重傷の割にはとても元気な返答だった。体中傷だらけであちこち血が滲んでいるのだから事実だろうが、死にそうには全然見えない。
「無理はなさらないでください、貴方の怪我は、私のせいでもありますし……」
セシルがリスティリアを庇い続けてくれた分、身体に随分無茶をさせてしまった。そもそも村へ向かうなどという無謀な選択をしなければ、彼もこんな目にあわずに済んだ。
自分の選択を後悔しているわけではない。
少女を一人救え、レギオンを祓うこともできた。
それでも、罪悪感は拭い去れない。
(私はまだ、守られてばかりなのね)
落ち込み始めたリスティリアを見て、カイはぎこちない動作で立ち上がってからぼりぼりと頭をかく。
いちいち気にすんな、と面倒くさそうなそぶりで続けた。
「同じく重傷な奴に心配されたくねえっての」
指摘されて、リスティリアはようやく自分の姿を顧みる。修道服はすっかり土で汚れていたし、体中は痛んで喋るのも割と苦しい。擦りむけて血が滲んでいる箇所もある。カイ程でなくとも、酷い有様だ。
今更修道服に着いた土を払おうとするそぶりを見て、カイはにやりと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「顔も泥と涙でぐちゃぐちゃになってんぞ」
「泣いていません」
「跡残ってんだよ、分かり易すぎ」
その言葉で、慌てて頬に触れてみる。頬を伝っていた筈のそれはいつの間にか止まっていて、すっかり乾いた感触だけが指先に伝わってきた。
「あ、やっぱ泣いてたな」
「騙しましたね!?」
「カマかけたって言え」
「大して変わらないでしょう! 見ていたんですか!?」
ムキになって言い返すと、カイは何故か楽しそうに笑った。見なくても分かるとやけに自信満々に告げられる。
「つーかオレの傷増えてんのは、どうせお前の元カレがかっこつけたからだ
ろ。あの野郎、痛覚感じなかったからって人の身体を好き勝手使いやがって」
「セシルを責めないであげてください。私達がこうしていられるのは彼のお陰ですから」
分かってる、とカイは不愉快そうに呟いた。過程がどうあれ、彼の剣技に救われたのは事実だ。
死霊をも映す瞳を見つめ、躊躇ってからリスティリアは今一度口を開く。
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