いかれたいのち

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「でね、玲ちゃんがすっごいおっきい声で言うんだよ、『そんなん、さっさと寝ちゃえばいいじゃん!』って。そしたら周りの人たちがみーんなこっち見るの! あいつらまじでやばくね? って顔して。ほんと、一緒にしてほしくないっていうかさあ……なあーんか前から思ってたけど、玲ちゃんってすぐそういう感じに落ち着くじゃん? ヤればいいじゃん! とか、抱いてもらいなよ! とか。玲ちゃんってなんていうか……ほら、アレなのかなあ、ねえ……ほらあ」 「ああ、“ビッチ”?」 「うんうん、それそれ。やだよねえ。真っ昼間のファミレスで寝取れ! なんて言えるの、ほんと地球上で玲ちゃんくらいだよ。あの子、そのうちパパ活のしすぎで死んじゃうんだと思う。刺されちゃわないか心配だよ」 「わはは、まあ玲はちょっとトンでっからなあ。お前も気をつけろよ」 「うん、わかったー」  だりいー、と言いながら神田さんが寝返りをうつ。たわんだ網戸越しに流れ込んでくる夏の風は今朝まで降り続いた雨のせいでバカみたいに重ったるい。窓の下の墓地では、一匹残らず気が狂ってしまったらしいセミたちが延々と鳴き喚いている。  この、トイレとお風呂が一緒で、二口コンロの片方はなぜか火が点かず、居室の四隅は湿気でうねり、ときどき押し入れの引き戸が開かなくなるおんぼろアパートで、私が一番に文句をつけたいのはそれらの要素ではなく、もちろん窓の外いっぱいに墓地が広がっていることでもなく、夏場になると朝から晩まで鳴き続けるセミの喧しさだった。契約したのが冬だったからそんなことにはちっとも気づけなかったのだ。神田さんは「いい加減慣れろよ」としか言ってくれないけれど、そういう、様々な不愉快な出来事に対し鈍磨になってしまったら人間っていう生き物はいよいよ終わりなんじゃないかって、私はそう思う。
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