氷のメイド

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 私は部屋で待っていることにする。  一人残ってしまったせいで手持ち無沙汰だ。  ──後少しでここもお別れね。  オックス様には手を焼くことが多かったが、やはり長年いれば情も移る。  それに比較的にオックス様はいい人ではあるので、私のような平民でも優しく接してくれた。  居心地は良かったが、これから成長していく若い男の家に、綺麗でなくとも若いメイドがいれば彼の奥方になる人と衝突が起きるやもしれない。  自分がこれまで掃除してきた棚や机を触っていく。  急に去ることを伝えたせいで、私自身も少しばかり感傷に浸っていた。  オックス様のベッドに座って、昔は風邪を引くたびに手を握ってあげたことを思い出す。  彼はどんな景色で私を見ていたのか少し気になって横になる。  それがいけなかった。 「──はっ!」  思わず眠ってしまっていた。  仕事中に寝てしまうとは気が抜けている。  そのとき、ベッドと同じ目線の高さで私を見つめているオックス様と目があった。 「うおっ!」  彼は驚き、私はすぐに謝罪をする。 「も、申し訳ございません! 思わず眠ってしまいました!」  急いで立ち上がって私は頭を下げる。  何かしら怒られるかと思ったが、オックス様は咳払いをして何かを誤魔化しているようだった。 「おっほん! いいや、いつも頑張っていればそんな日もある。ただ罰は与えんといかん」 「はい……なんなりとお申し付けください」 「それなら──俺と劇場に行くぞ」  私は下げた頭をまた上げた。  一体それが何の罰になるのだろうか。 「それが罰なのですか?」 「そうだ! これから教養を深めに劇を見るのだ! 眠い時間を一緒に過ごしてもらうぞ!」  またイタズラ心が出てしまったようだ。  ただそれだけで今の失態を許してくれるのなら逆にありがたい。  私は元々劇場自体は好んでいる。  オックス様はいつも退屈だと言っていたが、まさか自分から勉強のために行きたいというなんて、男子、三日会わざれば刮目して見よ、というが本当に急激に成長するものだと実感する。 「ではお召し物をご準備いたします」  私は彼の服をいつものように脱がそうとしたが、一歩後ろに下がられてしまった。 「い、いらん! それくらい自分で出来る!」 「これは別にご自身でされなくとも、私はメイドですのでお手伝いを──」 「大丈夫だ! すぐに出かけるからサラサは自分の支度を急げ!」  これはもしや思春期というやつだろうか。  ただオックス様はもう前に大きな思春期は超えられている。  そうすると何故、今さらながらに着替えを恥ずかしがるのか。  しかしこれ以上無理強いをすれば、いくら優しいオックス様も怒り出すかもしれない。  私は自分の支度を手短で終わらせ、またオックス様の部屋に戻った。 「ふむ、何だかいつもより締まらない気もするな」  鏡の前で一生懸命身支度をしている。  やはり慣れない着替えに手間取っておられるようだ。  私は横から近付いて、彼のネクタイに手を伸ばす。 「なっ!」 「動かないでください」  驚く彼を前もって言葉で制する。  すると静かに止まってくれたので、私はネクタイを整えてあげた。 「これで大丈夫です。いつものカッコいいオックス様ですよ」  オックス様のスーツ姿はたくさんの令嬢が喜ぶ。  ただ堅苦しいからと本人はあまり好きではないらしい。 「そ、そうか」  なのに今日はものすごく照れていた。  彼は私を改めて見回す。 「其方も綺麗だぞ、サラサ……」 「ふふ、女性をたらすのがお上手になられましたね。ですが、また問題を起こしても私はもう助けられませんよ?」 「そんなではない! ああーもういい! 行くぞ!」  オックス様はまるで話の分からないと感じで少し怒ってしまっていた。  これは少し余計な一言を言ってしまったかもしれない。  ボソッと、「大事な人をたらせないのなら意味がないではないか……」という声が聞こえ、もしかすると私で練習して上手くいかなかったことに腹を立てたのかもしれない。  
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