氷のメイド

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 それからまた別の日。  今度は女性用のドレスを見に行く。  もし意中の女性が見つかった時に、良いものを買ってあげられるように目を良くしたいらしい。  ただまたどうして私が一緒に行っているのだろう。 「オックス様、私ではドレスに負けてしまいます」  私はなぜかドレスを何着も試着させられていた。  これを私が着ても誰も嬉しくないのではないか。 「いいやサラサの魅力が負けるはずがなかろう」  オックス様は満足そうに私が着たドレスを褒めてくれた。  私のドレスを着させてくれる店員達が何度も小さく笑うのは、おそらく私と同じ気持ちだからだろう。  しかしただの試着でどうして細かく採寸されたのだろう。  その日もどうしてかオックス様と写真を撮られた。  それからまた別の日。  今度は評判の良いレストランに向かい、マナーの特訓をすることになった。  オックス様はだいぶ教え込んだので今更学ぶ必要もないが、良い食事で舌を鍛えるのは賛成だ。  しかし行く店、行く店が私の好みの料理が多い店だった。  本人曰く偶然と言っていたが、いつもレストランの行く前の日にどの店の料理か好み聞いてきて、私が選んだ料理のあるお店が選ばれるのは、果たして偶然なのだろうか。  この日も食事中の写真を撮られた。 「今日は社交場で踊らんといかんが、あまり今は意中の人がいないことをアピールせねばならん」 「はぁ……」 「だから、サラサには上手く俺の空いたタイミングでダンスの誘いを受けてほしい」  いつもモテる男も大変だなと思う。  しかしこれほどの遊び人で女性の扱いが上手いのに、意中の女性どころか、一夜限りの女性も作らないのはどうしてだろうか。  踊る前に写真をまた撮りたいらしいので撮られてしまう。  それから彼と二人で何度も踊らされた。 「もっと俺と目線で合わせてくれよ」 「申し訳ございません。踊りが不慣れなせいで上手く見れません」  とうとう私はメイドとして最後の一日を迎えることになった。  朝起きると私は奥様の部屋に呼び出された。 「サラサ、今日までありがとうね」 「いいえ、こちらこそ今までありがとうございます。オックス様の誕生日をお祝いした後に出ていこうと思っております」 「そう、それなら最後はしっかりおめかししましょうか」  私はあまり化粧が得意ではない。  しかし奥様がやれと言うのなら従わないといけない。  別のメイドが私の顔に化粧を施し、ドレスを着させてくる。  奥様の私物で見たことがないドレスで、もしかすると最近買ったのかもしれない。  ただどうして私にぴったりなのだろうか。 「ええ、似合うわよ、サラサ。ところでなんだけど、サラサはこの家を嫌だから出ていくの?」  突然の質問に思わず黙ってしまった。  しかし無言のままではそう思ってると思われてしまう。 「いいえ、逆です。私が残るとオックス様が結婚されるときに、年齢が近いメイドがいるとトラブルに発展するかもしれないからです。たとえ美人でなくとも、この家にはご迷惑をおかけしたくありませんので」 「そう……ならいいわ。今日は貴女の好きな料理がたくさん並んでいるから楽しんでいらっしゃい」  最後の日だからと私にも気遣ってくれるとは本当に優しい人たちだ。  ホールでオックス様のお誕生日会が行われる。  オックス様もかなり着飾っており、男前度が上がっていた。  たくさんの令嬢達から黄色い声が飛び交っていた。  だが彼はその声を無視して真っ直ぐと私の元へ向かう。  おめでとうと伝えようとしたが、彼は減速せずに私を抱きしめた。 「サラサ、よく来てくれ!」  持っているグラスを落としそうになる。 「オックス様、落ち着いてください。グラスが落ちます」 「君はいつでも冷静だ──」  彼は笑いながら一度顔を離すと、言葉を一度止めて目を細めた。 「いいや、今日も顔に出やすいよ」  私の顔を見てニヤニヤとしている。  思わず顔が赤らむのを必死に抑えるので精一杯だった。 「そんなことありません」  彼がここまで露骨にアピールすれば私だって気付いてしまう。  どうにか自分を誤魔化そうとしたがどうしてもできなかった。  だが彼はそんな私の気持ちなんぞ知らず、一歩下がってひざまづく。  そして小さな入れ物の箱を開けて私に表明する。 「俺の妻になってくれ、サラサ」  彼の真っ直ぐな目を直視できない。  思いつく限りの言い訳が言葉として出てしまう。 「私はその……愛想がありませんし」 「俺の前ではいつも笑ってくれていたじゃないか」 「それに綺麗ではないですし……」 「いつも綺麗じゃないか」 「私は貴方様とは違い、生まれもよく分からない平民ですし……」 「この一年でたくさん知ったさ」  何を言っても跳ね返される。  前は私の方が言いくるめたのに、これでは全てがあべこべだ。  彼は焦ったくなったのか、私へ近寄り左手を優しく持ち上げる。 「そんなに正直なのにどうして嘘をつこうとするんだい?」 「私をたらすのはおやめください」 「それは無理だよ。だって君だけを誑すためだけに頑張ったんだよ?」  どうして一年という期限を設けてしまったのだろうか。  いつの間にか私好みの殿方になってしまっていた。  私は跳ね除けることが出来ずに、ゆっくりと私の左手の薬指に指輪をはめられた。  前に見たルビーともアクアマリンとも違う。  シンプルな銀の指輪だが、そこには文字が彫ってあった。 「俺と君の名前を彫ったんだ。どの指輪がいいかすごく悩んだけど、サラサはこういう方が好きかなって」  彼の目をゆっくり見上げると、まるで今か今かと待っているようにこちらを愛おしく見つめていた。  背中を支えられ、私のグラスは奪われた。  ゆっくりと彼の顔が近づいてくる。  オックス様の誕生会で、私がメイドである最後の日だったのに、それが私と彼の結婚記念日にもなってしまった。  ある日、私とオックス様と撮ったの最後の一年の写真がいくつも出てきたが、どれも私が思っていた以上に楽しそうに、笑って、顔を赤らめていた。
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